第3話 お前、金が好きか?

「彼、可哀想ですね」

「まぁ、自業自得なんだろうけどな」


 こんな場面には、もう何度も遭遇してきた。しかし、実を言うとあのやり取り自体はどうでもいいと思っている。


 俺は、注文を取ってくるプロだ、それ以上でもそれ以下でもないから、他のことは考えないようにしているとも言えるが。とにかく、どうだっていいんだ。じゃあ何にムカついているかといえば、かわいい部下が酷い目にあうことだ。周りまわって、必ず俺たちのところへ仕事が降ってくるからな。


 このイザコザも、覚えておかなければ。


「行こうか、エチュ」

「ホテルですか?エッチですね」

「そういうことばっか言ってると、いつかホントに穴だらけにされちまうぞ」

「いやん」


 しかし、あぁいう時にやられているのは決まって追放した側の人間だな。勇者にもう少しだけ考える力と冷静さがあればこんな事にはならないだろうに。それが無理なら、そうだな。例えば、人間関係や金銭なんかのトラブルになりそうな材料を管理する第三の目のようなモノがあれば少しは……。


「……お?」


 ちょっと待て。今、俺はとんでもないビジネスアイデアを閃きかけているんじゃないか?それすなわち、勇者パーティの追放を未然に防ぐ方法だ。なんでこんな簡単な事に誰も気付かなかったんだ。されて迷惑が掛かるなら、される前にこっちで何とかすればいいじゃないか。


「どうしました?結婚しますか?」


 多分、当事者同士で解決出来ないのは、良くも悪くも彼らが戦うことしか知らないからなんだ。


 しかし、競合するパーティも少なかった俺の現役時代と違って、今は増殖した勇者パーティの中で伸し上がっていく方法を考えなければいけない。だが、クエストの数は決まっているし、おまけに彼らは目先の事しか見えていない。だから、クエストを達成できるかどうかの判断も相対的な評価や周囲の情報でなく、パーティランクという一つの指標や経験でしか見れないんだ。


「あの、ジノさん?」


 自由な立場と言えば聞こえはいいが、冒険者は結局のところフリーランスだ。いつだって明日食う飯に対して不安を抱えている。その道を行けば、必ず纏わりついてくる問題だ。


 俺がそうだったからよく分かる。そういうマインドの人間は、絶対的なモノしか見れなくなるんだ。だからこそ、そんな不安を払拭する為の何かがあればいいなと、若い頃は考えていたじゃないか。


「ちょっと、おーい」


 ならば、駆け上がる為の方法を最適化して最大効率で成り上がっていくパーティが現れたらどうなる?追放するだのしないだの、そんなスッタモンダも起きないくらい明確な目標を与えてやったらどうなる?内輪で揉めているのがバカバカしいと感じるんじゃないか?そして、躍進を見た他のパーティもそれに釣られて上を目指すんじゃないか?自分の志とあってないと感じた冒険者は、自分から積極的に移籍したり独立したりするようになるんじゃないか?


 ……試してみたい。この俺のアイデアが、ビジネスの世界で通用するのかどうかを。


「チュウ、しちゃいますよ?」


 いいじゃないか。せっかく思いついたんだ、これに乗じて夢だった起業家への仲間入りをさせてもらおう。幸い、貯金も少しはあるからな。

 正直なところ、色んなイザコザに巻き込まれてひたすら摩耗していく精神を繋ぎ止めるのに飽き飽きしていたんた。今まで上にも下にも散々利用されてきたし、だったら今度は俺がそれを利用して成り上がってやろうじゃないか。幸い独身だし、保身に走る理由もないからな。


 やってやろうじゃねぇか。


 だとすれば、まずは仲間が必要だ。少なくとも2人、勇者パーティを俺のところへ引き入れる営業マンと、俺のサポートを担当する事務員。出来れば、やる気のある若い冒険者たちと同じような年齢がいいな。その方が、俺のようなおっさんよりも気軽に相談できるだろう。誰か、そんなヤツはいないか。誰か……。


「ん〜……」


 あ、いるじゃないか。ここにビジュアルもばっちりで有能な事務員が。


「なぁ、エチュ」

「ちゅ〜……」

「お前、金が好きか?」


 訊くと、彼女はゆっくりと動きを止めて、切ない表情を見せてから俺の腕を弱々しく掴んだ。


「……真剣な顔されると、困っちゃいます」

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