第2話 ……通報しますか?
× × ×
「ホント、ありがとうございました」
「気にしなくていい」
なんとか許しを得た俺たちは、日も暮れて人が少なくなったオフィスへと戻ってきた。誰が悪いのか分かっていても、元請けとしては俺たちに難癖を付けずにいられないのだ。
「ジノさん、大変です」
帰ってくるなりそう言ったのは、業務部のエチュ・トロント。種族はエルフで、中でもスプリングエンドという場所にある冷たい谷出身のアイスエルフと呼ばれる種族。カフタより2つ年上で、どこか妖しさを覚えるような氷の雰囲気を持つ口数の少ない、見た目だけならクールで知的な女性社員だ。
深い青のセミロングの髪と長いまつげ、特徴的な大きな目にハスキーな声をしている。身長は、エルフにしてはかなり低くヒューマンに比べれば少し高いくらい。バストとヒップは平均的か、少し大きいかもしれない。女性的だ。
「どうした」
「たくさんのケモミミ美少女と金髪巨乳ハイエルフが冒険者登録を求めています。おまけに、その多くが教会に住み込んでいた元聖職者と学びを得られなかった元奴隷なので、戸籍や住居の説明だけで膨大な時間を取られてしまいます。業務部だけでは対処しきれません」
「またか、とりあえず役所に向かうようにアナウンスしてくれ」
「わかりました」
というか。
「前にも言ったが、どうしてそれを営業の俺に言うんだ」
「ウチの部長が言ったんです、ジノさんなら何とかしてくれるから相談して来いと」
あのジジイ、本当に意味の分からないことを当たり前のように命令してくれるな。一度こなすと何度もいいように使われてしまうのが会社員の悲しい運命だとは分かっているが。本当に、ウンザリしてくるよ。
「……なら、週明けに対応する。今日はもう疲れた」
「分かりました、お願いします」
「それよりジノさん、夜にちょっと愚痴聞いてくださいよ。マジでムカついてるんすよ。辞める一歩手前って感じです」
こういうちょっと空気の読めないところが、カフタのかわいいところだ。
「わかった、今日はめちゃくちゃ頑張ったもんな。偉かったぞ」
「へへ、あざす!」
「ジノさん、実は私も空いてます。しかも凄く頑張りました」
「そうか。カフタ、エチュも呼んでやっていいか?」
「いいっすよ〜」
ということで、事後処理をこなして会社を後にすると、酒場で二人の愚痴を聞いたのだった。限界を迎える前に吐き出させてやれてよかった。
「それでは、今日はありがとうございました!」
「おう、こっちも少し愚痴ってしまったからおあいこだよ。また頑張ろうな」
最近の疲れで気持ちが弱っていたらしい。ガラにもなく、俺は雇われる身を卒業したいと思っていることを告白してしまった。2人とも退屈しなかっただろうか?若者に視線を向けられる快感に溺れないように気を付けないとな。
ちなみに、俺は36歳。カフタが22歳でエチュは24歳。悲しいが、2人から見れば俺は充分おっさんだな。
「ばいばい、カフタ君」
「はい、お疲れっす!」
そういって、彼は街の中へ消えていった。
「……それで、どうしてお前はここにいるんだ?」
「私、ちょっと酔っちゃいました。ジノさん、少し休んでいきましょう」
「おっさんをからかって楽しむんじゃない」
言って軽く
これが、見た目だけの所以。彼女の中身はちょっと複雑だ。
「……あれ」
町を歩いていると、目の前で何やらモメている集団を見つけた。片方の先頭は軽装備に剣を携えたチャラくて遊んでいそうな若者。もう一方は、ローブを羽織る黒髪を伸ばした大人しそうな若者。その光景を見ただけで、何があったのか大方の予想がついた。
「頼む、戻ってきてくれ。お前が居なくなってから戦力がガタ落ちでパーティランクは昇格どころか降格の危機なんだ」
「もう遅い、お前らが俺を追放したんだろ。俺は後ろにいるみんなとパーティを組んで緩く冒険者やっていくから、あとは勝手に野垂れ死んでいてくれ」
「チクショウ!こっちが下手に出ればいい気になりやがって!」
そして、殴りかかったがチャラい若者か剣で斬りかかったが、黒髪の若者はそれを魔法で防ぎ路傍に置いてある生ゴミの詰まったゴミ箱の中へ弾き返した。それを見て彼を褒め称える美少女たちの姿が、俺には当事者たち以上に気味悪く見える。
「……通報しますか?」
「あぁ、そうしようか」
言って、ラインクリスタルという端末同士で連絡が取れる水晶に魔力を込めてダイアル波長を念じた。事情は伝えたから、恐らく5分くらいで憲兵がやってくるだろう。
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