会社立ち上げ編

第1話 なぜ、今の勇者たちはあんなにも無能なんだろうか

はじめまして、夏目くちびるです。楽しんでもらえると嬉しいです。


8/1、二万文字程は連続投稿します。

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 × × ×


「大変だ、勇者ウォルフが回復術師のメレンを追放した」


 俺の言葉を聞いて、部内の営業マンたちに戦慄が走った。ここは冒険者ギルド、ホワイトウッド支部の二階にある職員オフィスだ。


「こ、今回は流石に冗談ですよね?完了証明素材の納期は明日ですよ?あのパーティ、メレンさん抜きでゴブリンロードの討伐なんて無理に決まってますよ」

「残念ながら本当の事だ。ついさっき、受付でウォルフがそう言ったらしい。既に新しいメンバーも仲間に入れている。このクエスト、担当は誰だ?」


 訊くと、みんなが一斉にオフィスの真ん中の席を見た。その視線の先にいるのは、入社3年目の男性社員、カフタ・マンチェスター。生まれはこの町で種族は純血のヒューマン。フレッシュな金のマッシュヘアに優しげで丸く薄い目と輪郭のイマドキな顔。そして、均等の取れた健康的で血色のいい体と肌を持っている。性格も明るく、上司である俺にも気さくに話しかけてくれる気持ちのいい青年だ。


 しかし、そんな彼が下を向いて歯を食いしばっている。それを見て、一瞬だけすべての音が止まったが、やがて息を止めて拳を振り上げるとデスクの上に力いっぱい叩きつけた。


「……ダァァァッッ!!死ね!!死ね死ね死ね!!なんなんだよ!これで今月何回目だよ!!誰がクエストの依頼主に謝りに行くと思ってんだよ!!ふざっけんな!!つーかせめて先に連絡くらい寄越せや!!テメェらの昇格が掛かってんだろうがよ!アァァァァッッ!!」


 吼えたあと、カフタはゴミ箱を蹴っ飛ばして息を切らした。しかし、それを見ても誰一人として彼を責めたりはしない。当然だ、同じことを課の全員が経験しているのだから。


「……仕方ない、この件は一度キャンセルだ。受付にもそう伝えてくれ」

「ジ、ジノさん、勘弁してくださいよ。何とか聞かなかったことに出来ませんか?」

「上司に堂々とコンプラ違反を提案するんじゃない」

「でも、ホントに今月のノルマかかってんです。それに、このクエストの依頼主は憲兵上がりの武闘派貴族なんです。僕が一人で謝りに行ったらなんて言われるか……」


 怯えるカフタから案件の資料を受け取る。偶然にも、そこに記されている名前には覚えがあった。


「安心しろ、俺も一緒に行く。幸い、この依頼主は俺の冒険者時代の知り合いだからな。大丈夫、きっと全部上手くいくさ」


 言って、カフタの肩を叩いて新入社員に下へ連絡するように指示を出した。ちなみに、ジノとは俺のこと。ジノ・ヒューストン。それが、俺の名前。種族はオーガと変異した大型ノームの混血で、トレードマークは片方だけの角と灰色のポンパドールヘアだ。


「ァアアッ!!クッソ!勇者も回復術師も全員死ね!!クソバカ共が!」


 そして、彼が落ち着いたのを見計らってから、俺たちは件の貴族の館へと向かったのだった。


 ……なぜ、今の勇者たちはあんなにも無能なんだろうか。


 ここ最近、勇者が自分のパーティから仲間を追放するブームが巻き起こっている。どうやら、同時期に活動を始めた実力派のパーティが経費の削減や更なるパーティのランクアップの為に行っているリストラが、故意か偶然か重なってしまっているようだ。


 リストラ自体はどこの世界でもよくあることだが、問題はそれを大切なクエストを受注した後や、酷い時にはダンジョンなどの出先で勝手に行っているという事だ。


 どういうワケか、勇者という人種はクエスト、つまり仕事の依頼を受けた後でメンバーをクビにする。そんな事をして一体何の意味があるのか俺にはさっぱり分からないが、とにかくそんな風潮がある。結果として信用を失いランクアップも果たせなくなるというのに、本当に愚かだ。


 実力を付けて強くなり気が大きくなってしまったのかもしれないし、命のやり取りを続けて自分の常識がそれまでと大きく変わってしまったのかもしれない。

 しかし、だからといって顧客をないがしろにしてしまう勇者には、社会的な責任が伴ってと言わざるを得ない。きっと、そのせいで発生する周囲の出来事を想像出来ていないのだろう。


 勇者とは、俺が務める企業『冒険者ギルド』に仕事を受けに来るパーティのリーダーの事だ。その昔、まだ世界が魔王という強大な存在に怯えていた頃に立ち上がった戦士たちのリーダーを称えてそう呼んでいる。


 そして、この会社の冒険者ギルドという名もまた、その日の名残だ。本来冒険者とは世界地図を埋める仕事を担う者たちであり、ギルドは自治団体を意味していたのだが、時代が変わっていつの間にかモンスター討伐や素材採取の仕事の斡旋業務に転じても、分かりやすいように名前を受け継ぐ事にしたのだそうだ。受注する人間も発注する人間もほとんど変わってなかったから、その方が都合が良かったんだろう。


 閑話休題。


 多くの勇者がリストラを続けた結果、こうして俺たちにそのしわ寄せがやって来ている。具体的に言えば、突発的なキャンセルは冒険者ギルドに仕事を発注してくれる顧客に対して不利益を、更には助かるはずだった町の住人たちを危険に晒すことになってしまい、それが連続する事で不信感が日に日に募っている。


 最近では、クエストを発注してくれる元請けたちは冒険者ギルドの在り方に疑問符を浮かべるところまで来てしまった。「高難易度のクエストは、全然達成してくれないじゃないか!」と。


 「いや、今回の件はクエストをキャンセルされたわけじゃないだろ?」と思うかもしれないが、実はそうではない。なぜなら、クエストには受注する為の条件としてSからEで6段階のパーティランクが定められているからだ。ちなみに、Aの上がSだ。


 つまり、勇者ウォルフのパーティは回復術師メレン無しではそのクエストを受注出来る条件を満たせないのだ。クエストを継続するには、新加入メンバーの実力を測って再度パーティランクを算出してもらう必要がある。だから、今回の件は事実上のドタキャンだ。恐らく、新メンバーはメレンより優秀ではないだろうしな。同じようなケースの傾向的に、そんな予想が容易につくのだ。


 まぁ、とは言えクビを切られる方も切られる方だ。どうして、こんな土壇場になるまで人間関係を放って置くのか。こっちからすれば、迷惑加減は勇者と同じだ。


 大いなる不満を抱えているのに険悪な職場を離れる努力もしない事なかれ主義。雇われる側でありながら自分の能力を隠して、「いつか分かってくれる」だなんて受身の姿勢。それでいて、なまじ高い実力を持っているのもタチが悪い。デカ過ぎるプライドを捨てて周りに合わせれば、もう少し仲良くできるだろうに。


 なにはともあれ、それが冒険者ギルドの決まり。命を失う可能性のあるクエストが多いため、この辺りの規律はとても厳しい。


 ……にも関わらず、規律を破って勝手に追放して勝手に挑んで、勝手に壊滅してしまう勇者パーティが後を絶たない。おまけに、クビになった側はギルドに何の連絡もなしに辺境へ引っ越したり、そのまま別のパーティを結成したりしている。企業に勤めている人間からすれば信じられないかもしれないが、事実として起きていることだ。別の冒険者ギルドの支部では、それを逆手に取ったコンプラ無視の無法営業も少なくないと聞く。以上が、今この冒険者ギルドに蔓延はびこっている大きな問題だ。


 このまま顧客の不信感と自分勝手な冒険者たちに板挟みにされていたら、いずれ冒険者ギルドは崩壊してしまうだろう。冒険者たちを信用して、いつか常識的な思考を持ってくれる事を願うしかないのだろうか。


 そんな絵空事を思い描いて、俺はキツくベルトを締めた。とりあえず、今目を向けるべきはすぐそこにある問題だ。果たして、穏便に済ませることができるだろうか。

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