【旧版】プロ冒険者パーティをつくろう

夏目くちびる

プロローグ

第0話 貧乏が、憎かった

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ。兄ちゃんが必ず病院に連れてってやる」


 寒い雪の日。弟のセノは、町へ向かって走る俺の背中にしがみ付いて呟く。


「……僕、お兄ちゃんのこと大好きだよ」

「喋るな」

「お兄ちゃんは、実は寂しがり屋だから、一人だと心配だよ」

「喋るなっつってんだろ!?大丈夫だ、もう少しで病院に着くから!」


 しかし、町の灯りは遠く、凍った地面に足を取られて思うように進むことが出来ない。


「……一回でいいから、学校に行きたかったな」


 その時、ふとセノの力が弱まって、体から離れていくのが分かった。それを防ごうとして立ち止まったが、情けなくバランスを崩して倒れてしまった。


「お、おい。セノ、大丈夫か?」

「だ……だいじょ。だい、じょう……」


 しかし、それを言い切れるほど、幼い弟は強くなかった。


「……死にたく、ないよ」


 聞き終わるよりも早く弟の体を抱えると、町へ向かって一目散に走り出した。心臓は破裂寸前で、ボロい衣服から露わになっている体は傷だらけになり、足の裏の皮が凍った地面に張り付いても。必死に、必死に。


「……ひっぐ」

「大丈夫だ、大丈夫。絶対大丈夫なんだ。なぁ、セノ。兄ちゃんがお前を助けてやる。これまでも、ずっとそうだっただろ?兄ちゃんが失敗した事なんてなかっただろ?」

「死にたくないよぉ……」

「だから大丈夫だ。兄ちゃんが絶対に何とかしてやる。だから……」


 抱える腕に、力を込めた。


「頼む、死なないでくれ」


 しかし、その願いが届く事は無かった。数時間後、病院に辿り着いて俺が抱えていたのは、既に天国へ旅立ったセノの、魂のない体だった。


 ……貧乏が、憎かった。


 俺の唯一の家族である弟は、金が無い不幸に殺された。知らないことで騙され続け、その日を暮らす為の僅かな金すら悪い大人にむしり取られた。荒れ果てた森で、木の皮と、どこかから流れてくる廃水を口にして生活を続けたせいで、弟の体は限界を迎えてしまったのだ。


「セノ……」


 本当は、誰かに助けてもらいたかった。心の優しい大人が俺たちを見つけて、普通の人間として育ててくれることを心待ちにしていた。けど、そんな未来は来なかった。


 だから、セノは死んだ。


 まだ7歳だった俺は、どうして世界はこんなに残酷なんだろうかと嘆いた。しかし、ある時ふと気が付いた。


 違ったんだ。本当に救いようもなく残酷なのは、こんな未来の可能性を感じていながら、いつまでも救われる事を待っていた俺自身だった。


 一瞬の喜びに囚われて、弟の笑顔が見たくて、それに縋って先を見ようとしなかった俺。一晩眠ればまた訪れる苦しい生活を、自分で変える努力をしなかったバカな俺。本当に憎いのは、他の誰でもない俺自身だった。


 だから、セノは死んだ。俺が殺したんだ。


 ……。


「兄ちゃんさ、決めたよ」


 一月程泣き続けたあと、あいつがくれた木の実のネックレスを握って、墓の前に跪いた。


「冒険者になる。冒険者になってたくさん金を稼いで、幸せに暮らすよ。兄ちゃん、頭は悪いけど喧嘩だけは強かっただろ?だから、凄く遠いけど、オリーバーの冒険者ギルドへ行くよ」


 そこに、セノはいない。


「……ほ、本当はずっと一緒にいてやりたいけど。……っぐ。ここで兄ちゃんまで死んだら、またお前に怒られちゃうだろ?……っ」


 地面に、雫が落ちる。


「だからさ、俺生きるよ。それで、ひっぐ……。もう二度と泣かないから。もっと強くなって、たくさんたくさん金を稼いで……、必ずセノの分まで幸せになってみせるから……」


 前は見えない。でも、前に進まなきゃいけない。だから。


「いまだけ……は……っ」


 ……それが、俺が冒険者になったきっかけだ。


 あれから30年。今の俺は死ぬ物狂いで戦い続けた人生に終止符を打ち、生きる為に冒険者ギルドで働いている。これは、そんな俺の幸せを探す物語だ。

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