第17話 ブラック・フラッグ

「作戦を立てましょう」


 今回のクエストは、農園に提供する野生の『トロイホース』の捕獲。必要な数は10頭で、要望はなるべく活きのいいヤツとのこと。トロイホースは、スピードは出ず代わりにとんでもないパワーを有している割とおとなしめで味もいい高性能なモンスター。大昔に生息していた馬という生き物に似ているらしい。


 因みに、モンスターには人間の知り得る限りで危険度が設定されている。例によって表記は6つのアルファベットで、それでいえばトロイホースはDだ。僕の一つ格上だな。


「一応伝えておくと、僕が使える魔法は着火に使える程度の小さな火と切り傷を修復する程度の弱い治癒。後は5kgを持ち上げるくらいのテレキネシスってところです。体力に自信はありますが、冒険者と比べれば微々たるモノですね」


 本当に一般的な魔法のみ、僕は扱うことが出来る。普通の生活ではコンロの魔力エネルギーに火をつける事と戸棚の上の本を取る事くらいにしか使わないから、大抵の一般人は幼少期に両親からさっきの3つを教わってそれでおしまい。理由は、別に要らないから。


 時々ほんの少しだけ才能を発揮して色々と勉強するヤツもいるけど、成長するに連れて種族や血統の壁に阻まれ実践級には育てられない。故に、戦いは結局近づいてってぶん殴ったり斬り付けたりする方が効果的なのだ。

 それだから、ジノさんはさも当然のように接しているけどエチュさんやカンパネラさんはかなりスペシャルなケースだと言える。基本、あの人たちの種族は自分の住処から出てこないからね。もちろん、グリムも。


 僕が思うに、冒険者の無能や無礼はこれが一つの原因になってるんだと思う。才能のない連中が長い時間を修練に費やすせいで、他に覚えるべき基本的な人間力が身に付けられない。もしくは、一般社会に溶け込む習慣がなく、知る機会を得られないのだ。


 まぁ、普通のヤツは大人になるまでに魔法の修練が無駄だと気付くし、本来なら一部の天才がやる仕事が冒険者なんだと思う。当然、彼らがいてくれてるから成立している世の中の仕組みもたくさんあるし、無意味なんかではまったくないけど。


 特に、僕たちにとってはね。


「なので、決行は夜。眠っているところに手綱を掛けて、捕まえたら連結させ松明の火で誘導しましょう。モンスター避けに、音爆弾を調達しておきます」


 音爆弾は、強烈な破裂音と閃光を発する殺傷性のない武器。さっき言った、いわゆる才能のあるヤツが作った魔法の産物だ。


「どうしてこのクエストなんですか?」

「依頼主の農場のオーナーが冒険者ギルドのお得意さんなんです。割と頻繁にクエストを依頼してくれますから、顔を売っておいて損はないかと。今回のトロイホースの捕獲も、奪われた分の補充というワケですね」


 だから、僕の本当の仕事はオーナーへの営業だ。こうやってジノさんとは別の角度から直接話を出来るのが、僕の強みだと思っている。


「それでは、先に農場へ行って挨拶でもしておきましょう」

「は、はい。頑張りましゅ!」


 かくして、僕の草の根活動は幕を開けたのだった。グリムは、自分が噛んだことに気付きもせず拳を握って「がんばれがんばれ」と自分を鼓舞していた。


 その後は、捕獲中に周辺には出現しないハズのトロールが数体現れたけど、グリムがあっさりと撃退してくれたおかげで何ともなかった。やっぱ、ソロ最強の名は伊達じゃないな。


 さて、僕は僕でやるべき事をやらないと。


 × × ×


 カフタがグリムに着いてから早くも一週間。報告によると冒険者としてパーティの内側から活動の幅を広げているとのことだった。自由にやれとは言ったが、まさかここまで自由にやるとは思わなかった。


「いいんじゃないですか?そういう真っ直ぐなところが好きでスカウトしたんですよね?」

「まぁ、その通りだな。クエストの報酬は、ボーナスとして全部還元しておくよ。完全な身内贔屓だけどな」


 言いながらメガネを掛けなおし、崩れてしまった前髪を掻き上げる。最近目が悪くなってきてたから、午前の外回りの帰りに買ってきたのだ。


「エッチですね、それ」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくの表情で資料をデスクに置いたエチュが、正面で両肘をついてマジマジと見ながら言う。こういう時、俺は彼女がバカなんじゃないかな?と思ってしまう。


「前髪もいい感じです」

「せっかく褒めてもらって悪いけど、ダラしないから後で直すよ」


 言いながら資料を読んで、ひょっとして今一番給料が高いのはエチュなんじゃないか?と考えてしまう。それくらい出来のいいサポートをしてくれるからだ。どうやら、バカは俺だったようだ。


 そんな事を考えていると、ラインクリスタルに思念が届いた。ウォルフたちのクエストを発注した商人のファルマンからだ。恐らく、頼んでいたフィードバックを口頭でも伝えてくれるのだろう。その時点で、及第点以上の満足を得られたのが分かった。


「……そうでしたか。如何でしたでしょうか」


 しかし焦らず、いくつかの世間話を挟んでから本題に入る。


「ジノさんが手掛けているだけあって、かなりいいと思いますよ。個人的には、商品の取り扱いに気を使ってくれるのが助かりました。冒険者って、護衛を頼んだら護衛しかやってくれませんからね」


 どうやら、ウォルフたちは自発的にファルマンの手伝いを買って出たようだ。


「一度盗賊の襲撃に遭いましたが、それも問題なく撃退してくれました。よくいる冒険者のように過激な力で必要以上に痛めつけるワケでもなく、紳士的って言えばいいんですかね。見ていて不快感はありませんでした」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「ところで、今回の件もそうですが、ジノさんはここ最近貿易路に活発に現れるようになった盗賊団をご存知でしょうか」

「えぇ、存じております。商人たちの間では深刻な問題となっているようですね」


 まさか、向こうからこの話を振ってくれるとは。俺は、ウォルフたちを侮っていたのかもしれないな。


 盗賊団、ブラック・フラッグ。北のアルトン山に根城を構える巨大な組織だ。何人もの冒険者が立ち向かって行ったが、生きて帰った者はいない。現在発注されているAランククエストの中でも最高難易度と言われている。その危険度は、散っていった冒険者たちの墓を数えれば一目瞭然だろう。


「なので、ホワイトウッドから旅立つ際にまた護衛を頼みます。冒険者ギルドには、指名を入れておきますね」

「ありがとうございます。本人たちにも、すぐに伝えておきます」


 思わず、顔が綻んでしまう。思い通りにことが運ぶと本当に気持ちがいい。


「それで、さっきの話になりますが。ジノさん、何とかなりませんかね。ブラック・フラッグは」


 かなり金の匂いがする案件ではあるが、こればっかりはおいそれと手を出していい問題ではないのだ。事実、追放された実力のある冒険者たちですら何人か命を落としている。だから、あのクエストは負の遺産としてずっと残り続けているのだ。


「率直に申しますと、今の我々には難しいです。冒険者を集める為にウォルフさんたちをAランクに仕上げる計画を遂行中ですが、少数を撃退するだけならまだしも、本部を潰すとなればAランクのパーティの一つ二つ程度でどうにもなりませんしね」


 言うと、ファルマンは落胆したのか声のトーンを下げて「そうですか」と呟いた。

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