素晴らしき地獄

292ki

私はもうすぐ死ぬ。歳を重ね、病に蝕まれたこの体の余命は幾ばくもない。今見ているのはきっと走馬灯だ。

恵まれた人生だった。好きなことを存分に楽しみ、やりたいことをやり尽くした。死ぬことに恐怖はない。寧ろ私は死を待ち望んでいる。

再度自覚するが、私は屑だ。性格が悪い。捻くれ曲っている。生きていても死んでいても人を不幸にする。それでも私は自分を変える気はない。死んだ後も絶対に。


私には5人の子供たちがいる。私は彼らに注げるだけの愛情を注ぎ、出来ることは何でもした。教育には惜しみなく金を注ぎ、躾もしっかりした。「人の心の分かる人になりなさい」と優しく説いた。

それは一重に、彼らに心の優しい人になってほしかったからだ。誰よりも優しく、誰よりも清廉に生きて欲しい。それが私の心からの願いだった。

私の思惑通り、彼らは立派に成長した。困っている人には手を貸し、人の痛みに涙を流し、自分の喜びを分け与えられる。そんな人間に。

病に伏した私にも彼らは出来る限りのことをしてくれた。献身的に看病し、最先端の治療の行える居心地の良い病院を用意してくれた。その上、毎日毎日お見舞いにも来てくれる。

彼らには感謝してもしきれない。そんな彼らが私の計画のターゲット。私は彼らを自らの楽しみの獲物にしようとしている。



まず第一に私には莫大な遺産がある。この遺産は私が死ねば私の子供に継承されることになっている。周りは5人の子供たちに分配されると思っている。当人達もそうだろう。だからだろうか。周りの人間達は5人の子供たちにとても良くしてくれるのだそうだ。

次に私は彼らに自分たちが本当の子供であると思い込ませている。絶対気付かないよう、細心の注意を払ってここまで育てたのだ。実際は全員私と全く血の繋がりのない、血縁上赤の他人だ。

加えて私は彼らと養子縁組等を一切していない。私と彼らに血の繋がりの無いことを知っている人々には養子縁組をしていると嘘をつき続けてきた。戸籍上も彼らは赤の他人ということになる。

そして最後に私には血の繋がった子供が1人いる。このことは誰も知らない。実子本人も知らないだろう。この子が計画の要だ。この子がいなければ私はこの計画を諦めざる得なかった。幼い頃に別れたこの子を見つけた時、私は嬉しくて嬉しくて狂いそうだった。

定期的に身辺を調査させて分かったことだが、実子は私そっくりの度し難い屑として見事成長していた。私が愛情込めて育てた心の優しい5人とは正反対の人間に。それも何と都合の良いことか。天は私に味方している。

後は私が死ぬだけだ。私が死ねば私の遺産は何の苦労もせずに今日も人様に迷惑をかけ続けている屑の実子に全て継承される。5人の血の繋がらない子供たちには遺産は一円たりとも入らない。これが私の人生をかけた計画だ。



生来私は人の心のどろついた黒い闇を見るのが大好きだった。人間の悪性は何ものにも変えられないエンターテイメントだ。人の闇を見ると私は愉悦を抑えきれない。

想像するのも楽しい。こんなことがあったらあの聖人君子の様な人でも嫉妬に狂うんだろうな、だとか。きっかけ一つで可憐な少女はその純真さを失うんだろうな、とか。幼い頃はそんなことを考えるだけで時間は飛ぶように過ぎていった。

一代で遺産を築いたのもこの悪趣味のおかげだろう。金が絡むと人間はすぐに狂う。金があればあるだけ人の闇を特等席で見ることが出来た。

じゃあ、自分でそういう状況を作ったらもっともっと楽しいのではないか?その思いつきがこの計画のスタートだ。自分の手で作るからには最上級の地獄を用意してやりたい…そのために私は脳が焼ききれるほど考えた。そして、たどり着いた結論がこれだ。

5人の子供たちは私を良き母だと思い、最後まで懸命に世話を焼いてくれるだろう。そして、私が死んだ後自分たちが赤の他人の世話を身を捧げてしていたことを知るのだ。そして、莫大な遺産はそっくりそのまま会ったこともない実子が受け取り、彼らの手元には何も残らない…いや、残る。本当に愛されていたのかという疑念と、実子への耐え難い怒りと恨みがきっと残る。

愛を与え、愛を奪い、優しき心を教え、優しき心を歪ませ、目に見える形の報酬さえも一番許せない存在に全て渡る。そんな理不尽で許し難い現実を突きつけられた時、人はどうなってしまうのだろう?


心の優しい彼らはどうするだろうか?実子を殺す?遺産を何とか手に入れようと画策する?私のことを呪うかもしれない。まあ、その時私は死んでいるので文句の1つも聞けないのだけれど。

ああ、今はまだ心優しい5人の子供たち。彼らは真実を知った時、どう苦悩し、歪むのだろうか。

それが楽しみで楽しみで楽しみで仕方なくて。私は私の心臓が止まる日を今か今かと待っている。

私が死んだ後の素晴らしき地獄を想像すると、今すぐ死んでしまいたいと思うのだ。

私はまったく救いがたい。きっと、私が死んだ後に行くのは本物の地獄だろう。

それでもまあ、この楽しみを止めるなんてことはない。だって、私はそういう人間なのだから。生来変われない屑なのだ。

ああ、ほら。心臓が止まる。

私の最高の地獄がはじまる。

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