第1032話 雲をひそかに移動させる

 しっかりと朝食を食べたあとはいよいよ西へ向けて出発である。ロンベルク公爵家の門の前には朝早くだと言うのに、たくさんの人たちの姿があった。もちろんロンベルク公爵たちの姿もある。


「セレス、気をつけて行ってくるようにな。みんなも頼むぞ」

「もちろんですわ。しっかりと役目を果たして参りますわ」

「ハッ! お任せ下さい」


 ロンベルク公爵家から一緒に同行することになっている騎士がそう答えた。護衛のリーダーである。きっと頼りになる人物なのだと思う。それについては俺よりもアクセルの方が詳しそうだ。ロンベルク公爵家の騎士たちとはずいぶんと仲良くなったみたいだからね。


「ユリウスたちも気をつけてほしい。それからセレスをお願いする」

「ありがとうございます。気をつけて行ってきます」


 今にも一緒について来そうな様子のロンベルク公爵を残して、俺たちは馬車に乗った。俺たちはハイネ辺境伯家の馬車、セレス嬢はロンベルク公爵家の馬車である。途中で乗り換えた方がいいかな? さすがに一人だとセレス嬢も不安だろう。


 馬車が出発する。朝が早かったこともあり、領都の道にはほとんど人の通りがなく、スムーズに西の門から街道へと出ることができた。

 そうして西へ少し進んだところで馬車を止めて、乗り換えをする。


「セレス嬢も俺たちの馬車に乗った方がいいと思うんだよね」

「そうなると、ちょっと狭いですわね?」

「私が別の馬車へ移りましょう」

「すまないね、ライオネル。そうしてもらえると助かるよ」


 そうしてライオネルが護衛たちが乗る馬車へと移動する。その際、ライオネルがネロとアイコンタクトを取っていたので、「あとは任せた」とでも合図を送っていたのだろう。それとも、「しっかり監視しておくように」だろうか。あり得そうだな。


 無事に乗り換え作業が終わったところで移動を再開する。予定では休憩時間を最小限にして西へと進むことになっているのだ。

 雨が降らないうちに、できるだけ進もうという作戦である。


「うーん」

「どうしたの、アクセル? 何か気になることでもあるの」


 窓の外を見てうなるアクセル。それを聞いたイジドルが不思議そうな顔をしていた。窓の外には雨などもちろん降っていない。空も薄曇りで、移動するにはとて都合のよい空模様である。

 まあ、俺がひそかに魔法で調整しているから、当然と言えば当然なんだけどね。


「うーん、さっきから分厚い雲がこちらへ向かっているなと思ったら、消えていくんだよな。それが何度も続くから、不思議に思ってさ」

「雲が?」


 みんなの視線が窓の外、そして雲へと向かった。

 う、鋭いな、アクセル。まさかそれに気がつく人がいるとは思わなかった。俺の見える範囲の雲を動かしているから、どうしても調整が後手に回るんだよね。

 そしてみんなの注目が集まっているので、雲を動かしづらい。なんとか別のことに意識を向けさせないと。


「セレス嬢、この辺りには魔物は出ないのですよね?」

「え? ええ、そうですわ。この街道は安全な場所に作られておりますわよ」


 セレス嬢の視線がこちらを向いた。そして魔物の話を出したことで、ファビエンヌの視線もこちらを向く。さらにはセレス嬢が話し始めたので、イジドルの視線もこちらを向いた。


 うむ、計画通り。頑固なのはアクセルとネロだな。だが、つき合いの長いネロは俺のあからさまな話題の変え方の違和感を覚えたようである。「まさか」みたいな顔をして俺の方を見た。

 鋭いな、ネロ。


「ですが、この街道から外れたところには魔境がありますので、ときどきそこから出てきたと思われる魔物が目撃されることがありますわ」

「そうなのか? それじゃ、あんまり気を抜きすぎるのもよくないな」


 セレス嬢の「魔物が目撃される」発言でアクセルの視線がこちらへと戻ってきた。これでよし。これでまた雲を移動させることができるぞ。ネロがジッと俺の方を観察しているのが怖いけど。バレない、バレない。それにバレてもネロなら大丈夫。


 ……それならいっそ、ネロに話して協力してもらった方がよいのではないだろうか? いや、やめておこう。なるべくなら天候を操作できることなんて、黙っておいた方がいいからね。神様だと勘違いされてしまうかもしれないし。


「うーん、今のところは近くに魔物はいなさそうだね。それもそうか。この馬車には結界の魔道具があるからね」

「イジドル様は魔物がどこにいるか分かるのですか?」

「えっと、まあ、そんなに遠くなければ分かりますよ?」

「すごいですわ。そのようなすごい能力を持っておりましたのね」


 セレス嬢のテンションが上がった。同じことができる俺たちは、もちろん黙って二人の様子を観察しながら、ほほ笑ましいものを見るような目で見ていた。

 そうこうしている間に、昼食の時間になったようである。ちょうど休憩できそうな空き地を見つけたところでお昼にする。


「ここまでは順調だね。昼食はサンドイッチか。これなら手軽に食べられていいね。かまどを用意する必要もないし」

「そうですわね。それに馬車の中でも食べられますもの」


 外に座る場所を魔法で作って、そこで食べてもよかったんだけどね。急ぐ旅なので、なるべく片づけが楽な方がいいだろう。

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