第1026話 野営の練習をしよう

 イジドルがそう問いかけてきた。野営の練習か。俺とネロ、アクセルとイジドルは野営の経験があるから問題ないけど、ファビエンヌとセレス嬢は違うからね。試しにどんな感じなのかを体験させておくのもいいかもしれない。

 そして実際の野営がどんなものなのかを知れば、「宿で待つ」という選択肢を選ぶかもしれない。


「よし、それじゃ、昼食が終わったら、ロンベルク公爵家の庭を借りてやってみるか」


 そうして昼からは野営の練習をすることになった。ネロは俺たちとは別行動で、明日の準備をするみたいだ。これからライオネルたちと合流して、荷物の最終チェックをしてくれるらしい。

 ありがたいね。本来なら俺も加わるべきなんだろうけど、身分の都合上、そうはいかないようだ。


 俺の護衛にはアクセルとイジドルがいるから大丈夫。それにセレス嬢の護衛も一緒だからね。

 そしてここはロンベルク公爵家の庭なのだ。危険なことはないだろう。俺たちが魔法の使い方を誤らない限り。

 失敗しないように、いつもよりも気をつけないと。ファビエンヌたちに不安要素を与えてはいけない。


「この辺りなら自由に使ってもらっても構いませんわよ」

「なんだかずいぶんと整った広場ですね」


 イジドルが言うように、確かに何もない広場だな。広さはそれほどでもないけど、地面には草が生えておらず、茶色の土が広がっている。ところどころにある黒い炭の跡は、まるでそこで火を使ったかのようである。


「気がつかれましたか? ここではときどき騎士たちが野営の練習をしておりますのよ」

「なるほど、そうでしたか」


 イジドルの質問にセレス嬢が軽やかに答えた。なるほどね、それなら遠慮なく、野営の練習をすることができそうだ。

 俺たちが広場で何かをやっていることに気がついたのだろう。ロンベルク公爵家の騎士たちもやって来た。


「セレス様、このような場所で一体何を?」

「これから西へ向かうことになりますので、その準備として、ここで野営の練習をさせていただこうかと思っています」

「そうでしたか」


 そうは言っている騎士だったが、なんだか納得していないような感じだ。

 それもそうだよね。公爵令嬢のセレス嬢が野営をする状況って、どんな状況だよって思ったはずだ。俺もそう思うけど、セレス嬢に新しい経験をさせることは悪くないと思うんだよね。

 そろそろセレス嬢も、箱入り娘からは脱却した方がいいような気がする。せっかく外へと目を向けているみたいからね。


「それじゃ、イジドル、やるぞ。まずは小屋からだね」

「了解だよ。いつも通りの四角い小屋でいいよね?」

「そうだね。それが一番作りやすいからね」

「それじゃ、ガイアコントロール!」


 イジドルが魔法を使うと、ズモモ、と目の前の土が動き壁ができあがった。あとはそれを繰り返して、四角い壁を作っていけばいい。屋根も同じようにして作るぞ。

 建物の大きさを大きくすると天井が落ちちゃうけど、このくらいの小ささなら問題なし。不安があるのなら、柱を何本か追加すればいいだけだからね。


「俺は装飾を担当しようかな。ガイアコントロール」


 イジドルが作った土の壁に穴を開けていく。入り口と小窓だ。そしてそのまま、天井を作るのも手伝う。

 二人で協力して作ったので、あっという間である。入り口の扉と小窓には、野営地の近くに生えている木を切り倒して、それを加工すれば大丈夫だ。『クラフト』スキルを持つ俺なら、簡単に作れるぞ。


「こんなもんかな?」

「こんなもんだね。壁に何か装飾しておく?」

「うーん、そこまではしなくてもいいんじゃないかな? 練習だかね」

「それもそうだね」


 これで雨風を気にしなくてもよくなったぞ。土壁だけど、表面をきれいに整えているし、見た感じでは漆喰の壁と同じように見えるんじゃないかな?

 次はかまどと、風呂、それからトイレだな。ボットン式になるけど、作るのか簡単だ。


「次は……あれ?」


 なんだか周囲がやけに静かなことに気がついた。見回してみると、セレス嬢と騎士たちの動きが完全に停止している。騎士たちは目と口を丸くした状態だが、セレス嬢は笑顔のまま固まっているぞ。ちょっと怖い。


 まだそんなにはやらかしていないと思うのだが、そうでもなかったようだ。こんなことにならないように、イジドルにも手伝ってもらったのだが、弾よけとしての効果はイマイチだったようである。


「ファビエンヌ?」

「まあ、ユリウス様ですものね。それにイジドルはユリウス様のお弟子さんですし」

「俺とイジドルも最初に見たときはこんな感じだったなー。今ではイジドルもそっちの人になったみたいだし」

「う、言われてみれば確かにそっちの人になってる……」

「ちょっと二人とも、別に悪いことじゃないんだから、残念な空気にならないでよ!」


 なんだろう、このあんまりうれしくない感じは。みんなのためを思ってやっているのに、それが全部空回りしているような気がする。それはそれでちょっと悲しいぞ。


「ああ、ユリウス様、別に悪いことではありませんわよ? とっても頼りになりますわ」

「そうだぞ、ユリウス。それだけに、ユリウスがいないときにどれだけ苦労することになるのか、想像したくないな」

「それは言えているね。ボクたち、ちょっとユリウスに頼りすぎかも?」


 ファビエンヌたちが励ましてくれた。確かにアクセルとイジドルの言う通りかもしれないな。

 俺に頼りすぎていると言うより、俺がでしゃばりすぎているような気がする。もう少し自重した方がよさそうだな。それならここからの作業は、アクセルやファビエンヌたちになるべく任せることにしよう。

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