第1024話 時すでに遅し?

 ううむ、どうやら完全に納得してもらうのは難しいみたいだな。俺の考え方は根本的に何か違うようである。ちょっと不安になってきたな。モヤモヤする。もし俺の考えが大きくズレているのなら、早いうちに矯正しておいた方がいいよね。

 執務室から辞退したところでライオネルにも聞いてみる。


「ライオネル、俺の考え方ってやっぱりおかしいかな?」

「おかしいということはないと思います。ですが、貴族的な考え方からすると、少し変わったところがあると思います」

「ああ、なるほどね。貴族は名を上げて、家格を上げたいと思っている人たちが多いからね。それを目的にしていない俺は異端ということか。それなら分かるな」


 やはり俺には貴族社会が向いていないようである。家格を上げることにはあまり興味がないからね。逆にそれを目指すことで、余計な不和を生み出しそうで、そっちの方が怖い。

 もちろん多少の出世欲はあるけど、上まで登り詰めようとは思わない。家格が上がればラッキーくらいの思いである。


 ファビエンヌはどう思っているのかな? ファビエンヌがもっと家を大きくしたいと言うのであれば、俺もやぶさかではないぞ。

 ライオネルに案内されてファビエンヌとネロがいるサロンへと移動する。


「ユリウス様、お疲れ様でしたわ。……何か問題がありましたか?」


 首をかしげるファビエンヌ。鋭いな。どうやら俺のモヤモヤが顔に出ていたようだ。ライオネルも俺を見て苦笑いしているし、間違いなさそうだ。

 そんなわけで、ファビエンヌにどんな反応をされるのかとドキドキしながらも、先ほどのロンベルク公爵との話をする。


「そうでしたか。ユリウス様らしいと私は思いますけどね。ネロもそう思うでしょう?」

「そうですね。ユリウス様ですからね。むしろ逆に、報酬を求める姿の方が想像できません」

「そんなことないよ。俺だって素材をねだったり、新しい魔道具をねだったりするさ」


 照れ隠しにそう言った。ファビエンヌもネロも、そしてあの場で何も口を挟まなかったライオネルも、俺のことを理解して、受け入れているようでうれしい。確かに他の貴族からすると、異端なのかもしれないけどね。


「ちなみになんだけど、ファビエンヌはどうなの? アンベール男爵家の家格をもっと上げたいと言うのであれば、俺もそれを目指してがんばるけど」

「うーん」


 ファビエンヌが眉をものすごく下げた。すごく困っているようだ。どうやらあまり好ましい質問ではなかったみたいだな。なんだか申し訳ない気持ちになってきた。

 でも、これから夫婦になるのだし、その辺りの考えと言うか、方針のすり合わせは必要だと思う。それが早ければ早いほどいいに違いない。


「そこまで家格を上げたいとは思わないのですが、このままですと、勝手に上がりますわよね? 何人もの精霊様をお救いして、国民たちの安全を守る要になる、『結界の魔道具』を作って、だれもが喜ぶ、『飲みやすい魔法薬』をすでに生み出しておりますのよ?」

「う……確かに」


 ファビエンヌの言う通りである。これは陞爵待ったなし。むしろ国王陛下は、俺がアンベール男爵家へ婿養子に行くのを待っているのではないだろうか。ハイネ辺境伯家の家格はこれ以上、上げることは難しいけど、男爵家なら、まだまだ可能だからね。

 うわ、目立たないつもりだったのに、そんなことはなかった。早くも胃が痛くなってきたぞ。


「そういうわけですので、ユリウス様のやりたいようにやっていただければと思いますわ。私はどこまでもユリウス様について行きますので」

「ファビエンヌ……」

「ユリウス様……」


 うれしい。どうやらファビエンヌはどんな俺であっても認めてくれて、ついて来てくれるみたいである。

 これはファビエンヌの期待に応えねば。熱いキッスで期待に応えねば!


「おい、ユリウス、昼間から何イチャイチャしてるんだよ」

「ちょっとアクセル、止めたらかわいそうだよ!」

「イジドル様、このまま見守るのもどうかと思いますが」

「うわっち!」

「ひゃ!」


 いたのかい、キミたち。いつの間に。ファビエンヌと向かい合った状態で見渡すと、かなり困った顔になったネロとライオネルがいた。どうやら俺たちを、止めるに止められなかったようである。


 それで都合よくサロンへやって来たアクセルたちを部屋の中へ入れたのか。

 英断なのか、裏切りなのか、ちょっとよく分からないな。だが、俺の中の何かが不完全燃焼なのも確かである。

 今日の夜はファビエンヌと二人きりでお風呂に入ろうかな?


「来てるんなら来てるって言ってくれたらいいのに」

「ノックはしたぞ。まさか中がこんな状況になっているとは思わなかったけどな」

「そこは空気を読んで欲しかったなー」

「空気を読んだから声をかけたんだろう?」


 そう言いながら、どこかニヤニヤとしたアクセルが俺の正面のソファーに座った。それを見て、イジドルとセレス嬢もソファーへとやってきた。

 確かにアクセルは空気を読んでいたな。もしアクセルが声をかけてくれなければ、みんなの前でやらかしていたところだぞ。


「助かったよ、アクセル。お礼に今度何かおごってあげよう」

「お、本当か? 楽しみにしてるぞ」

「任せてよ」

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