第1023話 魔法薬神

 休憩室では、まだ興奮が覚めやらぬ様子で、魔法薬師たちが活発な議論を交わしている。

 本来なら、ライバル関係にあるはずなのでこんな状況になるのは難しいと思うのだが、よほど衝撃的だったみたいである。


「西で広まっている病が心配だね」

「そうですわね。はっきりとロンベルク公爵様がみんなにお話しましたものね。これからさらに広まると思っているのだと思いますわ」

「やっぱり元を断たなければどうにもならなそうだね」


 これが一時的な気候変動によるものであればよかったのだが、どうも違うみたいなんだよね。

 たぶんだけど、西の山と、そこにいるらしい「闇の精霊様」がこの問題を引き起こしているのだと思う。


 ここで考えてもどうにもならないな。今できることを地道にやっていくしかない。

 休憩が終わったあとは解毒剤の作り方を教える。こちらもこれまでの解毒剤とは違う作り方だったので、初級回復薬を作ったときと同様に、領都の魔法薬師たちが興奮していた。


「これはすごい。本当にこの作り方を教えてもらってよかったのですか?」

「秘密にしておけば、一生困ることはないぞ。子や孫の代になってもな」

「確かにそうかもしれませんね。ですが、それよりも多くの人に魔法薬を使ってもらえた方がはるかに価値があると私は思っていますよ」


 これは本音である。なんと言っても、そうしてほしいと女神様からお願いされているからね。

 それに作り方を独占して、安心して夜眠れなくなるのは非常に困る。子供や孫たちだって、いつも狙われているようでは、健やかに成長することはできないだろう。


「さすがはユリウス先生だ。ユリウス先生はまさに魔法薬神ですね」

「確かにそうだ。魔法薬神様ですね」

「魔法薬神様!」

「その呼び方はやめるようにお願いします」


 思わず顔が引きつった。どうしてそうなった。なんで俺が神様扱いされなければならないのだ。

 困ったみんなだよね、と思ってファビエンヌを見ると、なんだか不満そうな顔をしていた。もちろんネロもである。

 どうして。


 最後は俺に対しての「予期せぬ話題」になったものの、無事に本日の集まりは終了した。「他の魔法薬も」と期待している人たちもいたが、明日には俺たちが西へ向かうことを知って、納得してくれた。


 別館から本館へと続く通路に出たところで、大きく伸びをした。どうやら気がつかないうちに、肩に力が入っていたようである。俺もまだまだだな。


「ようやく終わった。これで明日からのことに集中できるぞ。まさかとは思うけど、魔法薬神の呼び方が広まったりしないよね?」

「大丈夫、なのではないでしょうか?」


 ファビエンヌが首をかしげている。その仕草に心臓がドキドキしてきた。

 これは怪しいぞ。そうならないように手を打つべきだろう。こんなときはロンベルク公爵に相談だ。ロンベルク公爵の力でその呼び方を封じ込めてもらわねば。


「ネロ、このあとは昼食だよね?」

「はい、そうなりますね。少し時間がありますので、どこかのサロンをお借りしてきましょうか?」

「そうだね。でもその前に、ちょっと俺はロンベルク公爵様のところへ行ってくるよ。ファビエンヌは先にネロと一緒に休憩してて」

「分かりましたわ」


 ファビエンヌとネロと別れた俺は、ライオネルを連れてロンベルク公爵の執務室へと向かった。アポなしだけど、悠長にしてはいられないからね。ついでに午前中の成果についても話しておこう。


 執務室の前にいる見張りに、ロンベルク公爵へと取りついでもらう。すぐに返事が戻ってきた。どうやら話を聞いてもらえるようだ。安心した俺は、ホッと息を吐き出した。

 見張り役が扉を開き、俺とライオネルは執務室の中へと入った。


 う、ロンベルク公爵が座っている机には山のように書類が載っているな。忙しいところにお邪魔してしまったな。

 ちょっと罪悪感を覚えたが、背に腹はかえられないのだ。


「お忙しいところ、申し訳ありません」

「なんの、気にすることはない。何かあったのかな?」

「午前中の成果についての報告と、お願いがありまして」

「話を聞こう」


 そうして簡単にだが、領都の魔法薬師たちが、全員無事に初級回復薬と解毒剤の、新しい作り方を習得したことを話した。そしてその流れで、俺が「魔法薬神」と呼ばれそうになっていることも話した。


「そうか。悪くはないと思うが……」

「いえ、さすがに私には荷が重すぎます。どうか、ご勘弁を」

「……分かった。ユリウスがそこまで言うのなら、止めておこう。話には聞いていたが、本当に欲がないな」


 困ったように眉を下げるロンベルク公爵。どうやら俺の考え方は納得できないみたいだな。

 うーん、どうしたものか。よし、ここは誤解されないように、しっかりと説明しておくべきだろう。


「そんなことはありませんよ。『魔法薬神』と呼ばれるのを止めてほしいと言うのも、これ以上、厄介事を引き寄せたくないという、欲からくるものですからね」

「そういうものなのか。どうやらユリウスの言う欲と、我々が持つ欲とは少し違いがあるようだな」

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