第1022話 領都に住む魔法薬師たちに製法を教える
集まってくれた魔法薬師たちに、ロンベルク公爵が事情を説明してくれた。
「西の辺境伯領で病が広まりつつあるそうだ。皆もどこかで聞いたことがあるかもしれない。どうやら西では長雨が続き、その影響で病を患う人が増えているのではないかと思っている」
「聞いたことがあります。西の辺境伯領へ送るための魔法薬が欲しいと、ここ最近、よくお願いされています」
その言葉に、他の魔法薬師たちもうなずいている。どうやらどこの魔法薬店でも、同じような状態が続いているようである。
「今日、ここへ集まってもらったのはその魔法薬についてだ。手紙にも書いた通り、これまでの魔法薬よりも、飲みやすい魔法薬の作り方を教える。これからはそちらを作ってもらいたい」
「ロンベルク公爵様、本当にそのような魔法薬があるのですか?」
魔法薬師たちの反応はだれもが似たようなものだった。これまでゲロマズの魔法薬しか知らないだろうからね。そんな反応になるのはもっともだろう。
そしてそれはロンベルク公爵も予想していたようである。目配せすると、騎士がテーブルの上に初級回復薬を持ってきた。
論より証拠というわけだ。非常に分かりやすいね。
「それは新しい製法で作られた初級回復薬だ。臭いを嗅いでみるといい。それだけで分かるはずだ」
「それでは失礼させていただいて……こ、これは!」
「なんだこれは!? 本当に初級回復薬なのか?」
「ん? あの吐きそうになる、独特の臭いがしないぞ」
「すごい、これが新しい初級回復薬!」
興奮する魔法薬師たち。製法は違うけど、効果は普通の初級回復薬と同じだからね?
いや、正確に言えば違うか。品質が高品質になっているから、まるで別物のように感じるかもしれない。
「どうやら分かってもらえたようだな。これからその初級回復薬と、解毒剤の作り方を教える。それを領内に広めてほしい。これからしばらくの間、必要になるはずだ」
「分かりました。お任せ下さい」
「これは魔法薬の革命ですよ。いいのですか、本当に教えていただいても?」
「もちろん構わん。むしろ、新しい魔法薬の作り方を広めてほしいそうだ」
調合室の中のあちこちから、ため息が聞こえてきた。中には「なんということだ」という声も聞こえる。
どうやら言葉にならないほど、感激しているようである。
これは俺の名前を出さない方がいいような気がしてきたぞ。でも俺が名乗らなくても、きっとみんなが俺の名前を出すんだろうな。
もうあきらめた方がいいのかもしれない。国王陛下から、直々に魔法薬師の資格をもらっておいてよかった。
そうしてロンベルク公爵が屋敷へと戻って行ったところで、魔法薬の作り方講座が始まった。まずはあいさつをしてから、みんなに分かりやすいように、黒板にどのようにして作るかを書いた。
「ユリウス先生、これまでの製法とかなり違いますが、以前の作り方は間違っていたということでしょうか?」
「そうではありません。以前の作り方は間違っていませんが、もっとよい作り方があるということです」
「なるほど。新しい製法を生み出したということですね」
うなずいている魔法薬師たち。これまでを否定するようなことはしない方がいいだろう。それによって反発を覚える人もいるだろうからね。
それが新しい進化であるならば、スムーズに受け入れてもらえるはずだ。
黒板を使った講義が終わったあとは、さっそく魔法薬作りをやってもらう。聞くよりも、実際に一度作ってもらった方が早い。そのためにロンベルク公爵家の魔法薬師たちに頼んで、大量の素材を用意してもらったのだ。
さすがは領都に店を構える魔法薬師たちなだけあって、ほぼ問題なく作業を進めることができた。もちろん蒸留水から作らせることになったけどね。
その辺の水を使っても大丈夫だと言ったやつ、絶対に許さんからな。蒸留水を使うのは、魔法薬作りの基本中の基本だぞ。
「まさか使う水から間違っていたとは……」
「ここまで違うのか。一体、どうしてこんなことに」
困惑しながらも魔法薬師たちが初級回復薬を作っていく。完成した初級回復薬を『鑑定』スキルで確認し、無事にゲロマズではないことが分かったところで、実際に自分たちで作ったものを使ってもらった。
「すごい、マズくない! それどころか、スッキリさわやかな感じだぞ」
「あの森のような青臭さがない……だと……?」
「……私がこれまで作っていた初級回復薬はなんだったんだ。あれはもはや毒だぞ」
騒然となる調合室。俺はロンベルク公爵家の魔法薬師たちと顔を見合わせて、うなずき合った。一度、休憩を挟むことにしよう。みんなには心の整理が必要なはずだ。
休憩室へ移動して、ホッと一息ついた。どうやら反発されることなく、新しい魔法薬の作り方を受け入れてもらえたようだ。
「ユリウス様、お疲れではありませんか?」
「大丈夫だよ、ファビエンヌ。ファビエンヌは疲れてない?」
「疲れてはいませんが、みなさんに新しい魔法薬の作り方を受け入れていただけたようで、ホッとしておりますわ」
「俺もだよ」
どうやらファビエンヌも不安だったみたいだな。教えるのに必死で、ファビエンヌの表情まで確認できていなかった。
これはさすがによくないな。みんなに教えるのも大事だけど、それ以上にファビエンヌの方が大事だからね。なんと言っても、これからの人生のパートナーだからね。
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