第733話 あくまでもおまけ
俺の剣に警戒しているのか、黒い魔物が後方へと飛びのいた。そのおかげでカインお兄様とミーカお義姉様との間に距離ができる。
追いついたライオネルが俺の隣に立ち、ネロが素早くカインお兄様とミーカお義姉様に魔法薬を配った。
「カイン様、ミーカ様、ユリウス様が作った魔法薬を持ってきました。こちらが初級体力回復薬で、こちらが聖なるしずくになります」
「助かったぞ、ネロ!」
「ありがとう、ネロくん!」
二人が回復するまでの間は俺たちが時間を稼ぐ。もちろん、黒い魔物の注意が客席へと向かないようにしなければならない。なるべく派手に動き回る必要があるな。
まあ、観客席の方へ行こうとしても、すでに結界を張っているので、たどり着けないんだけどね。
だがその結界はなるべく知られたくない。もしそれがバレたら色々と説明するのが面倒なことになりそうだからね。
ダニエラお義姉様からの指示があったのか、俺がホールドで捕まえている商人が騎士たちによって捕らえられている。
身動きができずにイモムシのように転がっているその商人は、なすすべもなく捕まったようである。あとは拷問なりなんなりで口を割らせればいい。国に任せよう。
それよりも今は目の前の黒い魔物に集中しないといけないな。
「ライオネル、前のやつよりも動きが速そうだぞ」
「そのようですね。以前戦ったように捕まえることは?」
「足下が土じゃないからなー。ここで土魔法を使って捕まえるのは難しい」
ホールドなら問題なく捕まえることができるんだけど、この場でやると俺がその魔法を使ったことがバレバレになることだろう。今はまだできないな。どうにもならなそうなら、遠慮なく使うけどさ。
「それでは、私が先行します」
「頼んだよ」
ライオネルが飛び出し、黒い魔物を突いた。ギリギリで回避したが、体勢が崩れる。そこを見逃さずに、一気に距離を詰めて剣を振り下ろす。それをなんとか体をよじって逃れようとしたが、前足に攻撃が当たる。
ジュワ! という音と共に前足が霧のように消失する。だが残りの足でなんとか逃れようと飛びのいた。だがそれは俺の思うつぼだった。最初からその方向へ逃げるように攻撃していたのだ。
その先にいるのはカインお兄様とミーカお義姉様。
「聞いていたのよりもずいぶんと小さいが、まあ、いいか」
「ユリウスちゃんが作ってくれたこのチャンス、見逃しませんよ!」
二人が連携して黒い魔物を追い詰める。その攻撃を黒い魔物が防ごうとしても、防いだ部分から黒い霧となって消えていく。最後はカインお兄様が縦切りに、ミーカお義姉様が横切りに十字に切り裂いて、黒い魔物は完全に消滅した。
ナイス俺。下手に出しゃばらなくてよかった。これなら黒い魔物と戦って勝利したのは、カインお兄様とミーカお義姉様だと言える。俺はあくまでもおまけだ。
「ユリウス!」
「ユリウスも来ていたんだね」
声がする方向を見ると、アクセルとイジドルが俺たちのところへ駆けつけてくれていた。どうやら異変を察知して、加勢に来てくれたみたいだな。ありがたい。
「アクセル、イジドル! 二人も剣術大会を見に来てたんだ」
「まあな。カイン様と、ミーカ様が出場するって言ってたからな」
「二人の戦いはすごかったね!」
俺たちが話している間も、闘技場の騒ぎは収まる気配がなかった。何が起こったのかが分かっていない人もいるようだ。歓声と静寂が渦巻き、なんだか混沌とした雰囲気を醸し出していた。
だが、大騒ぎにはなっていないようで、その点は本当によかった。俺たちが素早く対処したということもあるだろう。
もしこれが、出入り口へ観客たちが殺到するような事態になっていれば、ケガ人が出ていたかもしれない。
騒ぎが収まらないなか、学園側からアナウンスがある。どうやらダニエラお義姉様が手配してくれたようである。さすがはお義姉様。頼りになる。
その間に俺たちは闘技場から下りて、控え室へと向かう。あのままあそこにいると、色々とまずいような気がする。
「それじゃ、私たちは客席へ戻りますね」
「そうはいかないと思うぞ?」
苦笑いしているカインお兄様。やっぱり無理かー。一応、騒ぎを大きくすることなく収めた功労者の一人ではあるからね。学園側からしても、放っておくわけにはいかないだろう。しかるべきお言葉があるはずだ。
どうしたものかと控え室でソワソワしていると、ダニエラお義姉様がミラを連れてやってきた。
「みんなケガはないわね?」
「キュ?」
「ダニエラお義姉様、この通り、みんなケガはありません。仮にケガがあったとしても、私の作った魔法薬ですぐに治せますからね」
あえて明るく振る舞う。ダニエラお義姉様から許可をもらうことなく飛び出したので、非常に気まずいのである。
ダニエラお義姉様はにこやかに笑っているような気がするけど、なんだか目が笑っていないような気がするんだよね。でも、説明している暇はなかったし。
「そうね。ユリウスが作った魔法薬の効果はすごいものね。簡単に黒い魔物が倒されたので、事情を知っている人たちがとても驚いていたわ」
事情を知っている人たち……それはきっと討伐隊のメンバーだった人や、国の重鎮たちなんだろうな。さすがに国王陛下はこの場にはいないとは思うが、俺たちの話は、それほど時間を置くことなく伝えられることだろう。
「あの、やっぱりまずかったですかね?」
「そんなことはないわ。ユリウスはカインくんとミーカさんを守ろうとしただけなんでしょう? まあ、周りが何か言ってくることはあるかもしれないけど、それはきっちり私が抑えるわ」
さすがはダニエラお義姉様! そこがしびれる、憧れる!
「それでも、気をつけてくらいは言いたかったわね」
「ごめんなさい」
俺は平謝りする他なかった。
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