第732話 勝敗のあとで
俺たちが祈るように見守る前で、ミーカお義姉様が飛び上がった。それは完全に相手の予想外だったようで、体勢が大きく乱れた。それもそうか。まさか飛び越えられるとは思わなかっただろうからね。
これはタウンハウスでの特訓のときに俺がやっていた動きである。チョウのように舞い、ハチのように刺す。それを実際にやって見せた形である。
もちろんミーカお義姉様はあんぐりと口を開けていた。まさかそんな動きができるとは思っていなかったようだ。
でも、一時的に両足の強化魔法を強めればできるんだよね。その方法を教えてからは、ミーカお義姉様もチョウのように舞うようになった。そしてハチのようにカインお兄様を刺していた。突かれたカインお兄様は転げ回っていたな。
難点があるとすれば、スカートをはいた状態ではやってはならないことである。カインお兄様はそれで大きくすきを作ってしまい、ミーカお義姉様の攻撃をまともに受けたあと、受け身が取れずにもん絶していたな。今では懐かしい思い出である。
相手の男子生徒の体勢が乱れたのを見逃さず、ミーカお義姉様が攻撃を加える。針を刺すかのようなピンポイントの攻撃に、相手の手から剣が落ちた。
すぐにミーカお義姉様が相手の首筋に剣を置き、ミーカお義姉様の勝利となった。
さすがはミーカお義姉様。危なげないな。もしかすると、カインお兄様よりも強いかもしれない。
決勝戦はカインお兄様対ミーカお義姉様。図らずも身内同士の対決になってしまった。
「ミーカお義姉様が勝ちそうな気がする」
そう言うと、ネロが困ったように眉を下げた。どうやら自分もそう思いますとは言えなかったようだ。カインお兄様にも気を配ることができる、優秀な従者である。
「カイン様はお優しいですからね。でも、決勝戦で手を抜かれたら、さすがのミーカ様も怒るのではないでしょうか?」
「それはそうかも。それじゃ、事前に二人で、”決勝戦では手を抜かないように”って話しているかもしれないね」
そうなるとどっちが勝つか分からなくなってきたぞ。ダニエラお義姉様はハラハラとした様子で闘技場を見つめている。その腕の中にいるミラも同じである。
ミーカお義姉様が一息入れたところで決勝戦が始まった。闘技場にあがったカインお兄様とミーカお義姉様に大きな拍手が送られる。
審判の合図によって試合が始まった。最後の一戦なだけあって、二人ともあとのことを考えずに戦うようである。
「おおお、これはすごい! カインお兄様も本気みたいですね」
「私にはどうなっているのか分からないんだけど、なんだかさっきまでの試合とは気迫が違うような気がするわね」
観客たちもその戦いに見入っているようで、客席は静まり返っていた。チョウのように舞うミーカお義姉様に対し、カインお兄様は地をはうトラのように、ドッシリと構えていた。
何度も戦ったことがあるだけに、そう簡単には翻弄されないようである。しかも今のミーカお義姉様はズボンをはいている。どちらにとっても、有利不利はなさそうである。
お互いに譲らない応酬が続くが、ミーカお義姉様の動きがやや荒くなってきた。どうやら体力が限界になってきたようだ。
初級体力回復薬を渡してあるので、二人は万全の状態で戦い始めたはずだ。そうなると、どうやらカインお兄様の方が体力が上だったということになる。
それを見逃さず、すぐにカインお兄様がミーカお義姉様を追い詰め始めた。カインお兄様の顔を見る限りでは、こちらも余裕はなさそうだな。
そうしてついにミーカお義姉様の手から剣が離れた。カインお兄様の勝利である。お互いに肩で息をしているが、どうやらカインお兄様は婚約者としての面子をたもてたようである。
客席からは大きな拍手が聞こえてきた。
そのとき、闘技場へ黒い物が投げ込まれたのを俺の目は見逃さなかった。見間違いでなければ、黒い水晶のように見えた。
「ダニエラお義姉様、ミラをお願いします! ライオネルはダニエラお義姉様を守って!」
「ユリウス様、ダニエラ様には専属の護衛がついております。これ以上は必要ありません!」
「何? どうしたの、何があったの!?」
「黒い水晶です!」
その場を護衛に任せて、ライオネルと一緒に客席から飛び降りた。その後ろからネロが追ってくる。その手には魔法薬を入れた袋が握られている。
カインお兄様も異変に気がついたようだ。素早くミーカお義姉様が落とした剣を拾いあげると、それを渡した。
カインお兄様とミーカお義姉様の前では黒い霧のようなものが立ち上り、そこから黒い魔物が形づくられている。
大きさはワイルドボアくらいの大きさだ。前回、戦った固体よりも小さいので、それほど驚異ではない。
だが、疲労困憊の二人には荷が重いだろう。それに剣には聖なるしずくがふりかけられていない。ただの刃を潰した鉄の剣なのだ。
ミーカお義姉様の前にカインお兄様が立ち塞がる。黒い魔物は二人をターゲットに決めたようだ。
させるかよ!
「マジックアロー!」
大量の魔力の矢が黒い魔物へ降りそそぐ。最弱の練習用魔法なので、もちろん相手にダメージはない。だが、気をそらすことには成功した。
俺たちの方へ体を向ける黒い魔物。そのまま走りながら、剣に聖なるしずくをふりかける。
どうやら間に合ったみたいだな。ライオネルもすぐに追いつくだろうし、客席に被害が出ることもないだろう。
チラリと黒い水晶が投げ込まれた方を見ると、商人の姿をした人物と目が合った。
ホールド。
そいつはあっという間に魔法の縄によってすまきになった。逃げられると思うなよ。
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