第725話 新しい扉

 午前中の鍛冶仕事とは違って、大きなテーブルでの、地味な作業になる。それでも何人かの職人さんが俺の仕事を見にきているようだ。俺が木材を削るところを見て、なぜか感心していた。そんなにすごい作業じゃないと思うんだけどね。

 大ざっぱに木材を切り出したところでダニエラお義姉様に持ってもらった。


「このくらいの重さになります。大丈夫ですか?」

「うん、これなら私でも問題はないわ。長さも練習に使っている杖と同じくらいだし、使いやすそう」

「それではこれを土台にして作りますね」


 ここからはシャコシャコと木材を削っていくターンである。硬質化と魔力強化の付与を込めながら、飾り細工を施していく。

 てっぺんの部分は丸くして、渦を描くような装飾にした。一番、敵に攻撃が当たる部分になるので、特に堅くなるように力を込める。


 補強用に少しだけ薄い鉄板も取り付ける。このくらいならそれほど重さは変わらないはずだ。持ち手の部分は滑らないようにしっかりと革を巻いておく。凹凸をつけた金属でもよかったのだが、なんだか滑りそうな気がしたのでやめておく。


 地面と接する部分には、摩耗防止のために金属のカバーをつける。これでだんだんと杖が短くなるのを防ぐことができるはずだ。

 その他にも、杖の耐久性が下がらない程度に飾りを入れていく。


 もっとも、選んだ木材がかなり堅いので、余程に大きな溝を入れたりしない限りは折れることはない。それに硬質化の付与もするのだ。まず折れることはないだろう。


「この木材は堅すぎて細かい装飾をするのが難しいのですが、ユリウス様はいとも簡単にやってのけるのですね」

「魔道具を作るときには彫金なんかも施していますからね。堅い物への細かい装飾は慣れているんですよ」


 職人さんに尋ねられて、内心ちょっと動揺しながらそう答えた。実際は『クラフト』スキルを使ったごり押しなので、なんとも胃が痛い。胃薬を飲もうかな?

 スキルのことを話しても、スキルを使えない人にはまねできない手法だからね。教えてくれと言われても困るのだ。


 最後にしっかりとヤスリがけをして、腐食防止用の透明な塗料を塗り込んで完成だ。木目も美しい、とてもよい杖ができたと思う。ダニエラお義姉様が持っているだけでも絵になりそうだ。


「完成しましたよ、ダニエラお義姉様。ダニエラお義姉様?」

「すごいわね。思わず見とれてしまったわ。ユリウスの仕事に」

「あ、ありがとうございます?」


 もしかしてずっと見られていたのかな? 集中しすぎて全然気がつかなかった。ちょっと恥ずかしいな。照れ隠しもかねて、できあがった杖をダニエラお義姉様へ渡す。

 ダニエラお義姉様もまた、ネロと同じく、うやうやしい感じで、両手で杖を受け取った。


「これが私の杖。手になじむってこういうことを言うのね。なんだか手が吸いついているみたい」

「気に入っていただけたみたいでよかったです。念のため、あちらで少し振ってもらえませんか?」


 ダニエラお義姉様を広めのスペースへ連れて行き、杖術を試してもらった。ダニエラお義姉様はまだ基礎的な動きしかできないが、それでも様になっていた。

 ちょっとかっこいいぞ、ダニエラお義姉様。


「どうですか?」

「すごく……いい」

「それならよかったです」


 これまでに見たことのないほど、うっとりとした顔をしているな。これは間違いなく、ダニエラお義姉様の新たな扉を開いてしまったようである。

 ハイネ辺境伯家へ戻ってこの事実を知ったら、アレックスお兄様から怒られるかな? いや、そこはアレックスお兄様と一緒に鍛錬をすればいいのではないだろうか。


 そう言えばライオネルが、最近、アレックスお兄様が鍛錬をしてないと嘆いていたな。ちょうどよかったと思うことにしよう。

 試しに堅い物を殴ってもらおうかなとも思ったけどやめておく。ダニエラお義姉様をそんな暴力的な女性に仕立て上げるわけにはいかないからね。


「ユリウス、報酬もしっかりと受け取ったことだし、タウンハウスへ帰りましょうか」

「分かりました。アクセルとイジドルにあいさつしてきますので、馬車の待合室で待っていて下さい」

「分かったわ。私もみんなにあいさつをして来るわね」


 そう言ってから、ダニエラお義姉様は大事そうに杖を抱きしめたままどこかへと行ってしまった。

 きっとみんなに自慢するんだろうな。一緒に引っ張っていかれなくてよかったと思うことにしよう。


 アクセルとイジドルにあいさつをすませてから、タウンハウスへ戻ってきた。まだ早い時間なので、日はまだ高い。それにカインお兄様とミーカお義姉様も、まだ学園にいるため、この場には戻ってきていない。


「お父様とお母様にこの杖を見せたら、とても驚いていたわ。ユリウスが作ってくれたって言ったら、もっと驚いてた。部屋に飾っておくのもいいわねってお母様からは言われたわ」

「国王陛下と王妃殿下へ見せたのですね。そう言ってもらえて、とてもうれしいです」


 まさかその二人にも見せるとは。確かに気合いを入れて、飾っても問題ないくらいの装飾を施したけど、部屋に飾られるのはちょっと恥ずかしいかもしれない。ちゃんと使ってほしいところである。


「私もこの杖に負けないくらいに頑張らないといけないわね。ユリウス、これから鍛錬をしたいんだけど、お願いできるかしら?」

「もちろん構いませんよ。ネロもその剣を試してみたいんじゃないの?」

「はい。お願いしたいです」

「それじゃ、みんなでやろう。ミラもね」

「キュ!」


 ミラがいつの間にかフライングディスクを持ってきていた。そのうちこれも王都で有名になるのかな? カインお兄様とミーカお義姉様も気に入っていたので、張り切って宣伝してくれそうではあるな。

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