第709話 討伐開始

 さてどうするか。聖剣の使い手が黒い魔物を倒すところは確認しておかなければならないし、もう一匹の黒い魔物も討伐しなければならない。

 二手に分かれたいところだが、結局両方に俺がついておかなくちゃいけないんだよね。


 ダニエラお義姉様を置いて行くわけにはいかないし、かと言ってアクセルとイジドルだけにお願いするのは俺が我慢できない。二人に何かあったら困る。

 俺一人で行くにしても、こちらの黒い魔物の討伐状況が気になる。こちらへ攻撃が向く可能性だって十分にあるのだ。


 そうなると、一つずつ片づけていくしかない。まずは目の前の黒い魔物からだ。それを討伐隊がしっかりと倒したのを見届けてから、もう一匹を追う。これしかない。

 近場の黒い魔物と戦っている間にもう一匹が逃げるかもしれないが、そこは俺が全力で走って追いつこう。ああもう、俺がもう一人いればよかったのに。


「まずは討伐隊が黒い魔物を倒すのを見届けましょう。さいわいなことに、もう一匹もまだこちらには気がついていないみたいですからね」


 うなずくライオネルとダニエラお義姉様。それもやむなしと考えてくれたようだ。早く終われ~と祈ろうかとしたときに思いついた。

 魔法でもう一匹を足止めしてればいいじゃない。さっそくガイアコントロールの魔法を遠距離で使い、もう一匹を捕まえておいた。

 だが、思ったよりも力が強い。これは油断すると振りほどかれるかもしれないな。


「ユリウス、今何かしなかった?」

「何もしてないけど……?」


 鋭いな、イジドル。どうやら俺から魔力の流れを感じたようだ。だが、その確証はないみたいで、首をひねっている。

 遠距離で魔法を使うのって、普通じゃないよね? そういえば魔法の先生から習った覚えがない。つまりはそういうことなのだろう。


 ようやく討伐隊が動き出した。その様子を少し離れた木々の間から確認する。どうやらアクセルの考えた作戦の通り、囲んでボコボコにするらしい。騎士たちが先回りしているのが見えた。


「アクセルの考えが当たりみたいだね」

「そ、そうだな。その方が手っ取り早いもんな~」


 顔を引きつらせるアクセル。当たってもあまりうれしくなさそうだ。それもそうか。適当って言われてたもんね。どうやらその言葉はアクセルには効果が高かったようだ。

 討伐隊が距離を詰め始めた。そこでようやく黒い魔物が気がついた。戦闘態勢を取る黒い魔物。大きなイノシシのような見た目である。パワーがありそうだな。


「ブモ、ブモー!」


 威嚇する黒い魔物。ジワジワと狭まる包囲網。万が一、こちらへ突っ込んで来たときのために、ガイアコントロールで地面を隆起させ高台にした。すでに見つかっているので、今さら問題にはならないだろう。隆起させた地面はあとで元に戻せばいいからね。


「ユリウスってさ、サラッとすごいことをするよね」

「そう?」


 感心したような、あきれたような。イジドルの声はそんな風に聞こえた。その後ろからアクセルのため息も聞こえてきた。どうやらイジドルの意見に賛成なようである。


「自覚なしか。簡単にこんなことができるなら、城壁とかも簡単に作れそうだよな」

「まあ、それはそうかも……」

「城壁どころか、ユリウスは小屋も作ることができますよ」

「小屋ぁ!?」


 自慢げにそう言ったネロにイジドルが反応する。そんな反応にもなるよね、と言いたげなライオネル。これ以上、この件について話すのはやめよう。やってしまったものはしょうがない。

 だからダニエラお義姉様、目を輝かせるのはやめて下さい。意味もなく小屋を作ったりしませんからね?


 そんな俺たちには気づくこともなく、”ワアア”という声が少し離れた場所から聞こえてきた。どうやら黒い魔物との戦闘が始まったようである。

 大盾を持った騎士がなんとか黒い魔物の突進を受け止め、すかさずそこへ聖剣での攻撃が入る。


 効果は高かったようで、魔物は悲鳴をあげてその体を振り回して暴れている。それにより、何人かの騎士が吹き飛ばされた。

 その間にも別の討伐隊のメンバーが攻撃する。こちらは銀の剣だったようで、黒い魔物の体に剣が刺さったものの、大したダメージは与えられていないようだった。


「どうして聖なるしずくを使わないのかな?」

「今回の目的は聖剣で黒い魔物を倒すことだからね。それで遠慮してるのだと思うよ」

「そんな余裕ないと思うんだけどなー」


 ごもっとも。アクセルの言う通りである。さすがに魔法薬師たちから聖なるしずくを渡されているとは思うが、ギリギリまで使わないつもりなのかもしれない。そうでなければすでに使っているはずである。


「聖なるしずくがどのくらいあの黒い魔物に効果があるのか、ちょっと気になるな」

「アクセルもそう思う? ボクも気になる。ユリウスは?」

「そうだな~、気になるかも?」


 このあと、もう一匹いる黒い魔物を聖なるしずくを使って倒してみるつもりです、とはまだ言えないな。できることなら、この戦いが終わったあとで、俺とライオネルだけでコッソリと向かいたいところである。


 申し訳ないけど、ネロはミラと一緒にダニエラお義姉様たちと待機かな。それを知ったらすねられそうな気がするけど、みんななら分かってくれるはず。


「ブモー!」

「おお、怒ってる、怒ってる」

「大丈夫かな?」


 高みの見物をする俺たち。なんだかいやらしい構図になっているが、手を出せないので仕方がない。眼下では追加で騎士たちがなぎ倒されている。

 だが、被害を出しつつも、聖剣は着実に黒い魔物へダメージを与えているようだ。


 もうちょっと、こう、聖剣の力を発揮してもいいと思うのだが、なんとも微妙な戦いに思えてしまった。ダニエラお義姉様がその痛々しい光景に目を背けているので、そろそろスパッと倒してほしいところである。

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