第710話 追撃戦

 それから数分後、ようやく黒い魔物の動きが鈍ってきた。その間に、遠くにいる黒い魔物に魔法を使い、再度固定しておいた。早く終わってほしいな。


「どうやらそろそろ決着がつきそうですな」

「ダニエラお義姉様、見たくはない光景かもしれませんが、最期は見届けた方がよろしいかと思いますよ」

「そ、そうよね。やっぱりそうよね」


 恐る恐るダニエラお義姉様がその光景を見ている。もちろん、顔に両手を当てた指の間からではあるが。なんとなく人選を間違ったような気がするが、今さらどうしようもなかった。


 こんなことなら、ダニエラお義姉様が無理について行くと言ったときに断っておけばよかった。そしたら心的ダメージをダニエラお義姉様に与えることはなかったのに。

 俺たちが観戦する目の前でようやく黒い魔物が倒された。その巨体が霧のように霧散していく。


「俺たちの勝利だ!」

「おおお!」


 喜ぶ討伐隊とその補助をしていた騎士たち。ケガ人がかなりいるようで、すぐに魔法薬が手渡されていた。これでこちらの任務は完了だな。そして俺たちの監視任務も終わりになる。


「それではダニエラお義姉様、私はこれで。ライオネル」

「ハッ!」

「ちょっと待って」

「キュ」


 ライオネルを連れてさっそうともう一匹の場所に向かおうとすると、ダニエラお義姉様に止められた。その声に何かを感じたのか、アクセルとイジドルが眉を寄せている。ネロも何か不穏な気配を感じたようだ。ミラを抱えたまま、俺の方へ一歩近づいた。


「私も一緒に行くわ」

「でも……」

「今の私の立場はユリウスの保護者よ。ユリウスだけを危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」

「キュ!」


 ミラも眉をつり上げている。どうやら俺が何かやらかそうとしていることに気がついた様子である。そして置いて行かれそうになっていることにも気がついているみたいだ。その視線が痛いぞ。


「ユリウス様、もちろん私もご一緒いたしますからね?」

「ちょっと待てよ、ユリウス、まさか俺たちを置いて行くつもりじゃないよな?」

「そんなひどいことしないよね?」


 あー、うん、そうだな。ここまでの騒ぎになってしまったら話すわけにはいかないな。色々とあきらめた俺はみんなに話した。


「やっぱりさっきの魔力の動きはユリウスだったんだ」


 ネットリと、粘つく納豆のような目でこちらを見るイジドル。やめて、そんな目で見ないで。イジドルたちのことを思って黙っていたのに。


「それじゃ、早いところもう一匹を倒しに行こうぜ! なるほど、こっちで聖なるしずくの効果を確かめるつもりだったのか。さすがはユリウス」

「いや、偶然だからね。二匹いるとは思ってなかったからね?」


 早くも聖なるしずくが入ったビンのフタを開け、剣にかけ始めたアクセル。それを見習ってネロとイジドルも自分の武器に聖なるしずくをかけている。

 どうやら、今さらどうあがいてもついてくるみたいである。それならプランBで行くしかない。


「ミラ、ダニエラお義姉様が乗れるくらいの大きさになって」

「キュ!」


 シュバンとミラがライオンサイズになった。これならダニエラお義姉様が乗っても大丈夫だ。

 ダニエラお義姉様を一緒に連れて行くとなると速度が落ちる。そこをミラでカバーする寸法である。


 おっきくなったミラにアクセルとイジドルが驚いている。まさかこんな大きさにまでなれるとは思ってもみなかったようである。


「ダニエラお義姉様はミラに乗って下さい。もう一匹の動きは封じていますが、あまり長くは拘束できないみたいです!」

「分かったわ。すぐに行きましょう!」


 俺たちを護衛している騎士たちに声をかけて出発する。森の中を駆けるのはちょっと大変だが、それほど距離はないのですぐにたどり着けるはずだ。

 討伐隊はそのまま放置することになるが、拠点までは無事に帰ることができるだろう。


 ダニエラお義姉様は問題なし。そうなると、次に問題になりそうなのはイジドルだな。内緒で魔法を使おうかと思ったけど、今度はちゃんと話しておこう。不平不満が募ってイジドルとの仲が険悪になるのは嫌だからね。


「イジドルに強化魔法を使おうと思ってる」

「それって大丈夫なの?」

「大丈夫だけど、みんなには内緒だよ。俺の魔力を心配するかもしれないからね」


 口を両手で塞ぎ、顔を縦に振るイジドル。その態勢で走ったらものすごく苦しそうなんだけど、大丈夫かな。まあ、いいや。とにかく今はイジドルに強化魔法だ。

 魔法をイジドルに使うと、イジドルの走る速さが早くなった。息切れもない。


「すごい、これならどこまでも走れそうな気がする」

「使い方が分かればイジドルも使えるようになるんじゃないかな?」

「この感覚を覚えればいいんだね? やってみるよ」


 杖術を学んで、自分にも筋力が必要なことに気がついたのか、イジドルがやる気を見せている。少し前のイジドルなら考えられない光景だ。

 イジドルの魔法センスなら、拠点へ戻るころまでには強化魔法を使えるようになっていると思う。

 走ることしばし。黒い魔物の反応がすぐ近くまで迫って来た。


「もうすぐ見えるはずだ!」


 不意に森が開けた。よく見ると、近くの木々がなぎ倒されて、小さな空き地ができあがっているようだ。その向こう側には倒れ木が続いている。


「見えた、あれか! さっきのやつより大きいぞ!」

「本当だ! あっちが本物なんじゃないの!?」

「本物とか、偽物とか、ないと思うよ。どっちも討伐対象だ」

「お、大きすぎないかしら?」


 どうりで魔法での拘束が外されるわけだ。このサイズならもっと強力な拘束魔法を使う必要がある。でも、目の前までたどり着いたので、もうその必要はない。

 黒い魔物を拘束している石の鎖は一本だが、逃げられないはずだ。俺たちが来たからね。



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