第708話 発見と迎撃

 疲れがたまる前にブートキャンプは終了した。ここで体力を使い切るわけにはいかないからね。もちろん持ってきていた初級体力回復薬も飲んでおく。

 ものすごく贅沢な使い方なので、罪悪感が半端ないな。


 だが、そんな風に思っているのは俺だけのようで、他のみんなはとてもいい顔で初級体力回復薬を飲んでいた。ジョバンニ様たちには帰ってからお礼を言っておこう。


「杖術、またやりたいわ」

「ずいぶんと上達しましたもんね」


 ダニエラお義姉様がどこかやり遂げた、みたいな顔をして顔を上気させている。どうやらずいぶんと杖術にはまっているようである。


「イジドルも杖の扱いがうまくなったよな。これは手合わせするのが楽しみだ」

「やめてよね。アクセルに勝てるわけないじゃん」


 楽しそうに目を輝かせたアクセルに対して、イジドルは口をアヒルのようにとがらせていた。イジドルはアクセルが訓練しているところを何度も見たことがあるからね。それを見て、絶対にアクセルには勝てないと思っているようである。


「ハイネ辺境伯家に帰ってからも、ユリウスから杖術を教わらないといけないわね」

「いい運動にもなりますからね。もちろん大歓迎ですよ」


 これでダニエラお義姉様とも新たな縁ができたな。ダニエラお義姉様が訓練場へ顔を出すようになれば、騎士団との関係もずっと円滑になる。メリットしかない。

 その一方で、イジドルは”なんかずるい”みたいな顔をしていた。


 イジドルもハイネ辺境伯領に来てくれたらいいのに、と思うが、今のところハイネ辺境伯領とはつながりがないんだよね。それはアクセルも同じである。何かきっかけがあればいいんだけどな。


 その後はミラと一緒に森を散策したりしながら過ごしていると、黒い魔物を発見したとの報告が上がってきた。

 討伐の作戦会議をしつつ、お昼にするようだ。


 俺たちは討伐隊とは別の場所で昼食を食べた。さすがに作戦会議にまで参加したら、討伐隊のメンバーから白い目で見られることだろう。お前ら出しゃばりすぎだってね。


「どんな作戦を立てているのかな?」

「案外、囲んでボコボコにするとかじゃないのか?」

「アクセル、さすがにそれは適当すぎない?」


 半眼でアクセルを見るイジドル。確かにイジドルの言う通りなんだけど、こちらは聖剣を持っているからなー。それを過信して、アクセルが言ったような作戦をとる可能性は十分にありえる。


「ユリウスならどうする?」


 イジドルに適当と言われてきまりが悪かったのか、アクセルが俺に話を振ってきた。そうだな、俺ならどうするか。やはり安全性の確保が最優先だな。


「俺なら深い落とし穴を掘って、そこに落とす。そして何もできなくしたところで、一方的に攻撃する」

「それなら別に聖剣を持ってなくても倒せそうだね」

「そこがいいんじゃないか。不測の事態にも対応できる」


 俺の考えを聞いて、イジドルが苦笑いしている。確かにイジドルの言う通りである。

 だが、別に最初から最後まで聖剣だけで戦う必要はないのだ。要所要所で聖剣を使ってダメージを蓄積させていけばいい。百パーセント勝てる方法で戦うのが一番だ。


 俺の意見にはライオネルも賛成みたいで、何度もうなずいている。そうだよね。ケガをすれば、それだけ戦力が消耗することになるのだから。


「ユリウス様、どうやら討伐隊が出発するみたいですよ」

「そうみたいだね。ネロ、もう一度、魔法薬の確認をお願い」

「すぐに」


 ネロが荷物の再確認を行ってくれた。その間に、俺たちは自分たちの装備を調える。ダニエラお義姉様も訓練で使った杖を持ち、ミラを抱きかかえて準備は万端だ。


「黒い魔物が発見された場所まではそれほど勾配はないと聞いています。討伐隊も無理な急行はしないものと思われます」


 ライオネルが現状を報告してくれる。これならダニエラお義姉様も問題なくついて行くことができるだろう。念のため、ひそかにダニエラお義姉様に強化魔法を使っておこうと思う。

 どうかイジドルに見つかって、問い詰められませんように。


 森の中を討伐隊に続いて歩くこと小一時間ほど。小さな小川の近くまでやってきた。すでに俺は黒い魔物の気配を察知していた。

 だがおかしい。少し離れた場所に、もう一つ、同じような反応がある。どうやら黒い魔物は二匹いるようだ。気がついているのかな?


「ダニエラお義姉様、少し相談があります。ライオネルもちょっとこっちへ来てほしい」

「どうしたの?」

「何事ですかな?」


 俺の声色を聞いて、何かあったことを察してくれたようだ。もしかすると、切羽詰まったような声を出していたのかもしれない。その証拠に、声が聞こえたのであろうネロが、心配そうな顔でこちらを見ている。


「黒い魔物は一匹ではないみたいです」

「なんですって!?」

「なんと! もう一匹はどこに?」

「少し離れた、森の奥にいるみたい。距離が離れているから、一緒に行動しているわけではなさそうだけどね」


 ダニエラお義姉様とライオネルの眉間にシワが寄る。たぶん調査隊はその存在には気がついていないはずだ。黒い魔物は一匹だけだとは聞いていなかったが、複数体いるとは思ってもみなかった。完全に盲点である。


「両方倒すしかないわね。どちらか一匹でも残っていたら、討伐失敗と思われるに違いないもの。そうなると、聖剣が役に立たないのではないかと思われるかもしれないわ」


 確かにダニエラお義姉様の言う通りだな。今は隣の大陸の動きもきな臭いし、他国にスキを見せるわけにはいかない。今回の討伐戦は完全勝利で終わらせなければならないのだ。

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