第707話 人海戦術

 黒い魔物が目撃された場所は王都からそれほど離れていない。そのため、何日かかるか分からないとはいえ、長くても二、三日くらいだろうと考えていた。


 夜はどうするのだろうかと思っていたのだが、ダニエラお義姉様が用意してくれた馬車を見て納得した。この馬車、寝る場所がついているのだ。これならダニエラお義姉様も安心である。もちろん、俺たちも安心だ。


「ボクたちはテントを張って、その中で休むことになるんだね。ちょっと楽しみだな」

「野外演習ってあんまりないからな。大事だと思うんだけど、準備が大変そうだもんな」


 馬車の中でイジドルとアクセルが楽しそうに話している。その気持ちは分かるけど、この世界のキャンプって命がけなんだよね。できるのであればやりたくない。でも今回は森の中を捜索することになるので、避けることはできなさそうだ。


 それなら覚悟を決めて、安全を最優先にした方がいいな。一緒に馬車に乗っているミラは久しぶりの遠出がうれしかったようで、馬車の中で飛び跳ね回っている。


 普段は建物の中にいることが多いので、窮屈に感じるのかもしれないな。ミラの大きさなら、十分に広いと思うんだけど、それは俺の思い違いなのかもしれない。ちょっと気をつけて、なるべく外に連れ出すようにしてあげたいな。


 目的地である森に到着した俺たちは、その近くに拠点を設置した。俺たちも手伝ったが、主に働いたのは護衛の騎士たちである。その間、討伐隊のメンバーは打ち合わせをしていたらしく、大きめのテントの中から出てくることはなかった。


「なんか、嫌な感じだな」

「気にしちゃダメだよ。向こうが主役なんだからさ。俺たちはおまけだ」

「ダニエラ様がいるのに、勇気があるよな」


 そんな話をアクセルとする。確かにそうだな。自分たちがどのように報告されるのか、気になったりしないのかな。

 拠点の設営が終わると、騎士たちが森の探索へ向かった。まずはどこにいるか分からない黒い魔物を探さなければならない。どうやら人海戦術で探すようである。


「討伐隊が動くまでは待機。その間に騎士たちが探してくるみたいだね」

「トドメだけ刺しに行くのかよ。なんか微妙だな」


 アクセルの言う通りなんだけど、当てもなく森の中をさまようよりかはずっといいと思う。もしそんなことになれば、ダニエラお義姉様にものすごい負担がかかる。おそらくその辺も考慮して、このような布陣になっているのだろう。

 そんなことをアクセルに話すと、一応は納得してくれたようである。


 俺も手伝った方がいいかな? 俺には『探索』スキルがあるからね。でもそれを使って簡単に見つけたら、変な風に目をつけられるかもしれない。それは困る。

 騎士たちには申し訳ないが保留だな。あまりにも時間がかかりそうであれば手伝うことにしよう。


 初日は捜索開始時間が遅かったこともあり、見つけることはできなかった。その日の夜は、ダニエラお義姉様は馬車に、他の人たちはテントで眠ることになった。

 周りにはたくさん人がいるので安全だと思うが、念のため警戒だけはしておく。


 警戒網を広げたところで反応があった。あれがウワサの黒い魔物なのだろう。明日はいい感じに騎士たちを誘導して、そちら方面を優先して探すようにしてもらおう。思ったよりも大変そうだ。


 翌日、朝食を食べ終わるとすぐに騎士たちの誘導を開始する。ハイネ辺境伯家では魔物の討伐は日常的に行っているから、何かの役に立つかもしれないと言って、作戦会議に参加させてもらったのだ。


 もちろん俺だけではない。ライオネルとダニエラお義姉様も一緒である。ダニエラお義姉様が一緒であるならば、妙なことにはならないはずだ。


「昨日はこの辺りを探索したのですね。それなら残りの箇所でいそうな場所は、水源が近くにあり、比較的地形がなだらかな――」


 などともっともらしいことを言って誘導する。ライオネルとダニエラお義姉様とは事前に打ち合わせをしているので、二人とも俺に合わせて相づちを打っている。


 なぜ魔物の位置が分かるのかまでは詳しく説明はしていないのだが、二人とも色々と察してくれたようで、深く追求してくることはなかった。本当にありがたい。いつか本当のことを話すことができたらよかったのに、それがなかなか難しいんだよね。


 別世界から神様に頼まれてこの世界に来ました、なんて言って、信じてもらえるだろうか? そして信じてくれたとして、今までと同じ生活が続けられるだろうか。ちょっと難しいような気がするんだよね。


 打ち合わせを終えた騎士たちは、俺の指示通りに捜索してくれるようである。それもそうか。ダニエラお義姉様も一枚かんでいるからね。さすがにないがしろにはできないか。ダニエラお義姉様が一緒にいてくれてよかった。

 騎士たちを見送っていると、さっそくダニエラお義姉様が尋ねてきた。


「発見の知らせが届くのは午後になってからかしら?」

「おそらくそうでしょうね。それまでにしっかりと準備を整えておきましょう」

「そうね。それとなく討伐隊にも気を緩めないように言っておくわ」

「よろしくお願いします」


 ダニエラお義姉様には頭が上がらないな。今度何かお礼を、と言うと、俺たちと一緒に鍛錬したいと言われた。

 どうやらタウンハウスの庭で剣を振ったのが気に入ったようである。いい運動になると思ったのかな? それなら護身術もかねて、イジドルと一緒に杖術はどうだろうか。


「面白そうね。一緒にやるわ」

「それではみんなで軽く汗を流しましょう」


 こうして始まった森でのブートキャンプは、思った以上にダニエラお義姉様へ衝撃を与えたようである。こんな戦い方があるのか。まさかのことに目から鱗が落ちたようで、練習を終えるころにはすっかりと杖術にはまっていた。

 これなら自分でもできそうだ。それがとてもお気に召したようである。

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