第678話 タウンハウスへ戻る

 午後になり、演奏会の時間になった。やるからには全力を尽くさないといけないな。なんと言っても、国王陛下や王妃殿下の前で演奏することになるのだから。


 さあ、始めようか。もう何度目になるのかも分からなくなったユリウスリサイタルを。なんでこんなことになるかねー。自分の才能が怖い。こんなことなら『演奏』スキルなんて習得しなければよかった。もう後の祭りだけどさ。


 場所は王城内にある、音楽教室二個分くらいの広さのダンスホールだった。大ホールよりも小さいけど、それでも広く感じてしまう。

 そこにはなんだか高そうなピアノだけが置いてあった。どうやらピアノのソロのようである。まあ、しょうがないか。


 部屋の中には国王陛下たちの他に、知らない顔がいくつもあった。国の偉い人たちなのかな? でも若い人もいる。そちらは皇太子殿下やダニエラお義姉様の友達なのだろう。

 もちろん、アクセルとイジドルの姿もある。そしてジョバンニ様たちの姿もあった。


 軽く自己紹介をした後に、さっさと演奏会を始める。みんな暇ではないはずだ。たとえ小一時間ほどの時間をもらっていたとしても、あまり時間を取らせるわけにはいかないだろう。

 そんなわけで、事前に聞いていた国王陛下たちからのリクエストを中心に、聴きに来ている客層に刺さりそうな曲を選んで演奏した。


 なかなか頑張ったと思う。いや、頑張りすぎたようである。ひとまずの演奏を終えると、大きな拍手喝采と共に、アンコールがあった。しかも国王陛下から。これは断れない。

 結局、予定していた小一時間を大幅に超えてしまい、小二時間くらいになってしまった。


「終わった……疲れた……」

「お疲れ様です。お茶とお菓子をどうぞ」

「ありがとう。俺の演奏はどうだった?」

「すごかった!」

「感動した!」


 ネロを含めて三人に目を向けると、アクセルとイジドルが目を輝かせてそう言った。ネロもうんうんと何度もうなずいている。


「いや~、最後まで行くかどうか悩んだけど、来てよかったな」

「そうだよね。あそこでやめていたら、あんなにすごい演奏を聞き逃すところだったよ」

「そこはウソでも楽しみにしてたって言おうよ」


 みんなで笑う。こうして笑い話にすることができるのも、無事に演奏会を終えることができたからである。すばらしい演奏会を催してくれたご褒美を国王陛下からいただくことになっているし、万々歳だ。


「今日からはもうお城には泊まらないんだったな。それじゃ、明日からの鍛錬には参加しないってことになるのか」

「そうなるね。でも、しばらくの間はお城に顔を出すことになると思うよ」

「もっとユリウスと訓練したかったなー」

「ちょっと、ボクはまだ魔法を見せてもらってないんだけど?」


 ちょっぴり膨れるイジドル。そんなこと言われても、魔法は剣術と違って簡単には見せられないんだよね。色々と準備がいるのだ。的とか魔法を使える場所とか。


 そんなわけで、今度、ハイネ辺境伯家のタウンハウスへ来るように誘っておいた。そこなら的も場所もあるからね。それに人目もそんなに気にしなくていい。ここじゃ、俺のことをうっとうしく思っている人もいるみたいだからね。


 二人とそんな約束を交わしてから帰る準備をしていると、ダニエラお義姉様が部屋にやってきた。眉をハの字に下げており、なんだか哀愁が漂っているような気がする。


「どうしても帰っちゃうの?」

「はい。さすがにこれ以上、ここに滞在するのは遠慮したいです。一人増えるだけでも負担が大きいでしょうからね」

「そんなことないのに……」

「……正直に言わせたいただければ、タウンハウスでゆっくり過ごしたいです」


 そう言った俺を見て、ダニエラお義姉様の美しい眉がますます垂れ下がった。どうやらお分かりいただけたようである。

 もしかして、ダニエラお義姉様も俺と同じことを思っているのかな?


「それなら仕方がないわね。私もユリウスと同じことが言えたらよかったのに」

「それじゃ、一緒に帰りませんか?」

「そうしたいところだけど、もうちょっとだけここでやらないといけないことがあるのよね。それが終わればすぐに帰ることにするわ」


 無言でうなずく俺。きっと国王陛下と王妃殿下がこの話を聞くと悲しむな。いや、一緒について行きたいと言われるかもしれない。ハイネ辺境伯領で行われている競馬を見るために、毎年、領地へやって来るくらいだからね。


 ダニエラお義姉様とお別れしてから帰路に就いた。もちろんミラも一緒だ。置いて行くわけにはいかない。

 王城に泊まっている間はミラと離れている時間が多かったからなのか、今はベッタリと俺に引っついている。いや、しがみついている。そんなミラの頭をなでてあげる。


「ミラもよく頑張ったぞ。タウンハウスに戻ったら、ブラッシングをしてあげよう」

「キュ!」

「ライオネル、何か面白い話は聞けた?」

「それなりには……」


 何、その含みのある言い方は。この場で話さないところを見ると、俺たちには聞かせたくない話なのかな? まだ国王陛下を暗殺しようとしている人がいるとかじゃないよね? でもそんな話なら、ダニエラお義姉様から出ているはずだ。それじゃ、違うか。

 うーんと首をひねっている間にタウンハウスへ到着した。

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