第676話 聖剣に異常なし

 聖剣の前に向かうと、研究者たちがササッと道をあけてくれた。モーゼかな、俺は。聖剣を手に取る前に、ちょっと気になったことを尋ねた。


「あの、どうして私に触ってほしいと思ったのですか?」

「ユリウスは聖剣が壊れていないって分かっているみたいだけど、私にはそれが分からないわ。ああ、もちろんユリウスのことは信じているわよ。でも、確証がほしいな、と思っちゃって」

「なるほど。そうでしたか。スペンサー王国の大事な聖剣ですものね。ダニエラお義姉様がそこまで気にする気持ちも分かるような気がします。それでは」


 これって聖剣を実際に使って、ダニエラお義姉様を安心させないといかんやつ!

 理由を聞くんじゃなかったな。いや、聞いて正解なのか? もし聖剣がなんの反応も示さなかったら、ダニエラお義姉様が夜も眠れなくなっていたかもしれない。


 そんなことを考えつつ、聖剣に触れる。もちろん聖剣全体が淡く輝いた。あえて光らせたからね。当然と言えば当然である。これで聖剣が壊れていないことを確信することができただろう。

 ダニエラお義姉様も、ここにいる研究者たちも。どちらも目を丸くしているけどね。


「ご覧の通り、壊れてはいないようです」

「おおお……聖剣が、伝承に書いてあるように光を放っている」

「ユリウス様が聖剣の使い手……」

「違いますからね?」


 ああもう。ダニエラお義姉様も、そんな期待するような目をしてもダメですからね? ちゃんと約束は守ってもらいますからね。

 俺は改めて、もう一度、聖剣の使い手を探してもらうように言った。もちろん、一度試してみてダメだった人も含めてである。これなら一人くらい使える人がいるはずだ。


「分かりました。ユリウス様のご命令に従います」

「いや、別に命令というわけでは……」

「さっそく再試験を行いたいと思います」


 聞いちゃいねぇ。俺が聖剣を反応させたことで、すでに俺が聖剣の使い手みたいな立ち位置になっているような気がする。どうしてこうなった。これなら何もしなかった方がよかったのでは? でもダニエラお義姉様はとてもうれしそうだ。


「それでは皆様、あとはお任せしましたわよ。私は国王陛下へこのことを報告しに行きます」

「よろしくお願いします」

「それじゃ、行きましょう、ユリウス」

「は、はい」


 これでよかったと思おう。新たな聖剣の使い手が見つかれば、それで万事解決するはずだ。頼む、見つかってくれ。


「さすがはユリウスだわ」

「うれしそうですね」

「それはそうよ。自慢の義弟が聖剣の使い手だったんだから」

「いやー、それは……」


 困ったな。確かにだれにも言わないつもりのようだが、ダニエラお義姉様の中にはしっかりと記憶されているんだよなー。何かあれば、俺に話が転がり込んでくることは間違いなさそうだ。やれやれだな。


 その後は国王陛下に聖剣が壊れていなかったことを報告した。俺が聖剣を使えることは話さなかったが、やけにご機嫌な様子のダニエラお義姉様を見て、国王陛下が首をかしげていた。


 国王陛下がチラリとこちらを見てきたので、無表情を貫いた。国王陛下に内緒事をしていることには申し訳なく思ってしまうが、俺の保身のためである。どうか許してほしい。

 無事に報告を終えた俺は部屋へ戻るとようやく一息つくことができた。


「ユリウス様、お帰りなさいませ。すぐにお茶を用意しますね」

「お願いするよ。やっぱりもっとチョコレートを持ってきておくべきだったなー」

「キュ!」

「おお、よしよし」


 現実逃避も含めてミラの頭をなでる。ミラもチョコレートをどんどん食べるので、ハイネ辺境伯家から持ってきたチョコレートは今にもなくなりそうだ。

 かと言って、これ以上の量は持ってくることができなかった。こんなことなら、『亜空間』スキルを使って、そこに隠しておけばよかった。疲れたときにはチョコレートが一番だ。


「聖剣は壊れてはいなかったようですね」

「うん、問題はなかったよ。改めて聖剣の使い手の選定を行うことになるみたい。ネロも挑戦してみたら?」

「いえ、遠慮しておきます。ユリウス様の御側にいるのが私の使命ですから」

「いや、うん、そうなんだ」


 ちょっと重いぞ、ネロ。だが、それを否定するわけにはいかないな。そんなことをすればネロが悲しむことになる。ネロがいいなら、それでいいや。


「キュ」

「おお、そうだね。ミラもネロと同じ気持ちだよね」

「キュ!」


 そうだと言わんばかりに頭突きをしてくるミラ。左右に首を振られなくてよかった。そんなことを思っていると、コンコンと扉がノックされた。すぐにネロが扉のところへ行くと、やってきたのはダニエラお義姉様だった。


「演奏会の話がある程度まとまったわ。これなんだけど、どうかしら?」


 ダニエラお義姉様も忙しく動いていたはずなのに、よくそんな時間が、と思っていたら、どうやら王妃殿下が準備していてくれたようである。どうやら俺の演奏を一番楽しみにしているのは王妃殿下のようだな。それだけ蓄音機を気に入って下さったということなのだろう。


 ダニエラお義姉様から渡されたリストを見ると、明日の午後から小一時間ほど開催することになっていた。俺の知り合いも呼んでいいみたいだ。それならせっかくなのでアクセルとイジドルを呼ぼう。


 カインお兄様とミーカお義姉様も呼びたいところだけど、その時間は学園で授業があるので無理そうだ。

 それならそれで、タウンハウスに帰ってからちょっとした演奏会を開けばいいか。二人に興味があればの話だけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る