第674話 食いしん坊はだれだ
チョコレート色をした食べ物なら見たことがあると思う。でも、甘いお菓子としては初めてなのではないだろうか。焦げたクッキーとかならあるかもしれないけどね。もしかして、それを想像しちゃった?
「失敗作じゃなくて、チョコレートは元からこんな色なんだよ」
「でもさ、ちょっとずつ色が違うよね? こっちに行くほど、茶色が明るくなってるよ」
「さすがはイジドル。よく気がついたね。こっちのはミルクが多めに入っているんだよ」
「さすがは余計だよ、さすがは」
イジドルが口をとがらせた。それを見てアクセルが笑う。どうやらイジドルは食いしん坊キャラとして定着しているようである。
「それじゃ、こっちの黒いのは?」
「それはビターチョコレートと言って、甘さがほとんどないチョコレートなんだ」
「そっか。なら俺は甘い方を選ぶぜ」
迷いなくアクセルがそう言った。お子様め。子供にはまだ早かったか。
そんなことを思っている間に二人がそれぞれチョコレートを手に取った。それを確認してからミラにチョコレートを取ってあげる。
「ミラはどれがいい?」
「キュキュキュ!」
両手でシュババといくつも指差したミラ。この中で一番の食いしん坊はミラのようである。だがそんなミラの様子もほほ笑ましいようで、アクセルとイジドルそしてネロが温かい目で見守っていた。
ここは俺が心を鬼にするしかなさそうだ。ミラのためである。
「ミラ、一つだけだよ」
「キュ……キュ」
そしてミラが選んだのは一番、ミルクの含有率が高いチョコレートだった。それをミラの両手の上に載せてあげると、おいしそうに、慈しむように食べ始めた。
それを見て、アクセルとイジドルもチョコレートをかじる。もちろん、俺とネロもそれぞれチョコレートを手に取った。
「なんだこれ!? うまっ」
「甘くておいしい! ねえ、もう一個、もらってもいいかな」
「あと一個だけだよ?」
「キュ!?」
ものすごい速さで俺の方を振り向いたミラ。今、ギュインって音がしたぞ。目も大きくなってるし。自分は一つだけなのに、イジドルは二つなの? と言いたそうである。
「しょうがないなぁ。ミラも、あと一個だけだよ」
「キュ!」
結局、みんなで二個ずつ食べることになった。持ってきたチョコレートの数はずいぶんと減ってしまったが、みんなで食べるチョコレートはとてもおいしかった。
「なるほどな。納得した。どうりでユリウスがチョコレートを作ろうとするわけだ。おいしいもんな」
「納得してもらえてよかったよ。ハイネ商会の新しい商品として売り出そうと思ってね」
「これは売れると思うよ。でもハイネ辺境伯領か~。買いに行くにはちょっと遠いな~」
何度もうなずくアクセルと、残念そうな顔をしているイジドル。だが、そんなイジドルに朗報だ。王都にある支店でも売りに出すことが決まっているのだ。原料となるカカオは、もちろんハイネ辺境伯領から送られてくる。
そんな話をすると、イジドルが瞳をキラリと輝かせた。
「さすがはユリウス! これなら家族みんなで食べられるね」
「まさかそこまで考えてカカオ農園を作っているとは思わなかった。単なる思いつきか、魔法薬の実験かと思っていたよ」
「失礼だなアクセル」
みんなで笑う。王都に来てよかったな。厄介事の香りはプンプンするけど、それ以上に楽しいことも待っていた。アクセルとイジドルがハイネ辺境伯領へ来てくれたらいいのに、と思うのは俺のただのわがままだろうか?
午後からは予定通り、聖剣を見せてもらうことになった。もちろんダニエラお義姉様も同伴である。
アクセルとイジドルも一緒に行きたそうにしていたが、さすがに国の最重要機密みたいだったので断った。
それを知ることで、二人に負担を背負わせることになるかもしれないからね。興味があるとはいえ、そんなことをさせるわけにはいかない。二人に聖剣の詳しいことを聞かれても、はぐらかしておかないといけないな。
「ここが聖剣を研究している場所よ。私も実際に来るのは初めてね」
「それだけ秘密ということなのですね」
今さらだけど、いいのかな、そんなところに入って。今回ばかりは本当に厳重なようで、ネロとミラは別の場所で待機してもらっている。そっちはライオネルも一緒なので大丈夫だろう。
問題は俺か。
「それじゃ、入るわよ」
付き添いの護衛が扉をノックし、中へと入る。そこは普通の部屋だったが、壁に窓はなかった。それどころか、絵画一つとして飾られていなかった。飾り気のない、シンプルな部屋。あるのはテーブルとイス、そして数人の研究者だった。
あれ? 聖剣は?
「ようこそいらっしゃいました。ダニエラ王女、ユリウス様」
その中でも一番偉いと思われる人が頭を下げた。どうやら俺の話はすでに伝わっているようだな。たぶん、レイブン王国の聖剣を修復したという話も耳に入っていることだろう。
そうでなければ、たかが子供にその道の権威が頭を下げるはずがない。
「初めまして。ユリウス・ハイネです。国王陛下から聖剣の状態を見てほしいと頼まれてきました」
念のため牽制しておく。俺がここへ来たのは国王陛下の命令だってね。そうすれば、不当な扱いはされないだろう。
たぶん、そんなことをするつもりはないだろうけどね。だって、好々爺みたいな目で俺のことを見てるもん。
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