第667話 王都で待つ者たち
隣の大陸から精霊の加護が失われつつあるという話を聞いて、顔色を悪くしているダニエラお義姉様。俺ももちろん心配だが、現在のところ、隣の大陸へ働きかける手段を持っていない。俺ではどうすることもできないし、それはダニエラお義姉様も同じた。
スペンサー王国と、隣の大陸にあるラザール帝国との関係はあまりよくない。そのためスペンサー王国側から何か言うことはできないだろう。
「貴重な情報をありがとうございます。私たちもできる限りの対策を考えておきます」
「お約束いたしますわ」
「頼んだぞ。我々も、何か新たな情報をつかんだら、すぐに知らせることにしよう。二人とも我らの加護を持っているようだし、念話で構わないかな?」
俺とダニエラお義姉様を見た湖の精霊様。どうやらダニエラお義姉様が緑の精霊様の加護をもらっていることをすでに知っているようだ。
「問題ありません」
「もちろん構いませんわ。すぐに王都にいる国王陛下へ伝えます」
「そうしてもらえると助かる」
どうやら湖の精霊様は自分たちの力では限界があると考えているようだ。今の時代は人間が主導権を握っているからね。そう考えるのも仕方がないことなのかもしれない。昔は人々の信仰心により、もっと強い力を持っていたんだろうけどね。
あれ? でも精霊様たちは俺が渡した魔法薬によってかつてない力を手に入れつつあるんじゃなかったっけ。
ああ、なるほど。力が強すぎて、その力を使えば、この世界に大きな影響を及ぼすようになってしまったのかな? それなら自分たちの力を使うことをためらうか。
つまり、一部は俺の責任であると言えるだろう。なんてこった。自分でまいた種は自分で刈り取らなければならないのか。
その後はお互いに近況の話をしてから、湖の精霊様は帰って行った。もちろんその帰りにはお土産としてチョコレートも渡してある。こんなこともあろうかと、多めに持ってきていてよかった。
湖の精霊様との話が終わると、俺たちは温泉へと向かった。もちろん貸し切りの個人風呂を借りている。水着を身につけているとは言っても、その姿を他人に見せるわけにはいかないからね。
「温泉は気持ちがいいですわね。話によると、美肌効果があるそうですけど、確かにそうかもしれませんわ」
ダニエラお義姉様が陶器のような肌をなでている。いいのかな、俺、こんなところにいて。
ジッと見ているのはまずいと思い、話をつなぐ。
「他にも腰痛や肩こり、ケガもよくなるみたいですね」
「この温泉には湖の精霊様の加護が加わっているのかもしれませんわね」
二人でクスリと笑う。湖の精霊様はときどきこの街に顔を出しているみたいだからね。あり得そうな話だな。
「ユリウスは先ほどの話をどう思いますか?」
「隣の大陸で何かが起こっているのだと思います。それがラザール帝国によるものなのか、それともそうでないのか。もしそうでないのなら、ラザール帝国は隣の大陸から脱出しようとしているのかもしれませんね」
「なるほど。それで新天地を求めて、こちらの大陸を狙っている。あり得る話ではあるわね」
思い悩むかのようにアゴに手を当てて考え込むダニエラお義姉様。真相は分からない。それなら情報を集めるしかないと思う。そのことはダニエラお義姉様も分かっていることだろう。
今回の帰郷で、国王陛下にもそのことを話すはずである。
温泉の街ではちょっと微妙な空気になってしまったが、翌日はいつもと変わらない様子で俺たちは出発した。
ここであれこれ考えても仕方がない。それならば、楽しく過ごせるようにした方がずっといい。
数日後、俺たちは無事に王都へと到着した。まずはハイネ辺境伯家のタウンハウスへ向かうことになっている。そこで一泊を過ごしてから、翌日、王城へと向かう予定である。
もちろんその間に、王都に無事に到着したを王城へ伝えておく。
「お帰り、ユリウス。お帰りなさいませ、ダニエラお義姉様。ミラもよく来てくれたね」
「お帰りなさいませ」
タウンハウスではカインお兄様とミーカお義姉様が出迎えてくれた。どうやら俺たちの到着に合わせて、一時的にタウンハウスへ帰ってきたようである。俺も二人の顔を見たかったので、ちょうどよかった。
「カインお兄様、ミーカお義姉様、しばらくお世話になります」
「カインくんとミーカさんが元気そうで安心したわ。緑の精霊様の加護には驚いたでしょう?」
「それはもう。事前にひとこと言ってもらえればとも思いましたが、どうしようもなかったのかなとも思います」
苦笑いするカインお兄様。その通りである。まさかあんなことになるだなんて、だれが思っただろうか。だから決して俺の責任ではないのだ。それなのに、二人して”やれやれ”みたいな目で俺を見るのはやめてもらえませんかね?
「それにしても、まさか夏休み前にユリウスに会えるとは思わなかったわ。これが使えるのは夏休みになってからだと思っていたもの」
そう言ってミーカお義姉様がヒラヒラさせたものは、俺との手合わせチケットである。ああ、そう言えば、学園へ向かう二人の見送りに間に合わなかったから、おわびの品として贈ったんだったな。まさか王都で使うことになるとは思わなかった。
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