第666話 気になる話
王都へ向かう馬車は二台。俺たちが乗る馬車と、使用人たちが乗る馬車である。護衛にはえりすぐりの騎士たちを連れている。全員が馬に乗っており、ハイネ辺境伯領が着実に馬の名産地になりつつあることを表していた。
「ユリウスの作った蓄音機は本当に素晴らしいわね。馬車での移動がこんなに楽しいものになるだなんて思わなかったわ」
「街道に入れば似たような景色が続きますからね。本を読んでもいいですが、この揺れだと眠たくなりそうです」
「確かにそれはあるわね」
ダニエラお義姉様と共に笑う。ミラはすでに心地よさそうにダニエラお義姉様の膝の上で眠っていた。
この馬車はアレックスお兄様が改良した、揺れの少ない馬車である。そしてそれなりに整備された街道を進むので、まるでゆりかごで揺れるかのような状態が続くのだ。そりゃ眠たくもなる。
「王都へ送った蓄音機はどのような評価をいただいたのでしょうか? ちょっと気になります」
「ああ、そうだったわ。ユリウスには話してなかったわね。ものすごく評判になっているみたいよ。食事のときにはいつも使っているみたいだし、貴族たちにも自慢しているみたい」
「なるほど」
それはものすごく評判になってそうだな。王族がお気に入りの魔道具となれば、貴族たちがこぞって欲しがりそうである。
でも王都の魔道具師には作り方を教えられないんだよなー。蓄音機はハイネ商会の主力商品になる予定だし、ダニエラお義姉様もそのつもりだろう。
それにまだ、曲の利権問題が解決していない。蓄音機が原因で楽団の収入が減るようなことがあれば大問題だ。音楽の文化が廃れてしまう危険性がある。
「私たちが王都へ到着するころには、チョコレートも試食してもらっているはずよ。こっちも大騒ぎになっているかもね」
「そうかもしれません。みんなチョコレートが大好きですからね」
「キュ?」
チョコレートという単語に反応したミラ。それを見てみんなで笑った。
道中は特に問題なく進んだ。以前のように、魔物がいて足止めされるようなこともなかった。ちょっと不満そうな顔をしているダニエラお義姉様を先へとうながしつつ、温泉の街までやってきた。
「本日はここで一泊することになります」
馬車を守る護衛の一人がそう言った。どうやらこの温泉の街は、王都へ行くための宿場町としてしっかりと機能しているようだ。旅人たちも温泉につかって、旅の疲れを癒やしていることだろう。
「温泉は枯れていないみたいですね。安心しました」
「せっかく来たのだから一緒に温泉に入りましょう」
笑顔でそう言ったダニエラお義姉様。こんなこともあろうかと、水着を持ってきていてよかった。そして、水着を開発しておいてよかった。これがなければ大変な思いをしながら温泉につからなければならないところだった。
護衛の騎士たちにも温泉を堪能してもらえるように、交代で護衛任務にあたってもらった。街の中を歩くと、温泉まんじゅうや温泉卵などの気になる商品がたくさん並んでいた。
以前にここへ来たときよりもにぎわっているようだ。そしてどうやら、精霊が立ち寄る街としても売り込んでいるようである。
温泉まんじゅうには精霊の姿が焼き印されているし、”精霊”の名のついた食べ物なんかもあった。大丈夫かな? 精霊様に怒られたりしない?
そんな不安を抱きつつも宿に戻ると来客があった。温泉の街の近くにある湖を拠点にしている、湖の精霊様だ。
「久しいな、ユリウス」
「お久しぶりです、湖の精霊様」
「今日はちょっと話があってな。聞いてもらえるかな?」
「もちろんですよ」
ざわつく宿の従業員たちに許可をもらい、湖の精霊様を部屋へと連れて行く。この部屋なら機密性がそれなりにあるので大丈夫だろう。
部屋にはもちろんダニエラお義姉様の姿もある。特に何も言われなかったので、聞かれても問題ない話なのだと思われる。
「まずは、我らが同志である緑のを救ってくれてありがとう。この通りだ」
頭を下げる湖の精霊様。それを慌てて二人で止める。
「気にしないで下さい。偶然が重なっただけですから」
「ユリウスの言う通りですわ。きっと女神様が導いてくれたのだと思います。ですから、湖の精霊様が頭を下げる必要はありませんわ」
そのまま土下座しそうになった湖の精霊様をなんとか押しとどめてから話を聞く。いい人(?)なんだけど、ちょっと感動の振れ幅が大きいような気がする。もう少し抑えてもよいのではなかろうか。
「緑ののこともあったのだが、他にも話したいことがあってな。ちょうどよいタイミングでここへ来てくれた」
「何かあったのですか?」
「うむ。ちょっとした懸念があってな」
ううむ、と難しい顔をしているような声をしている。仮面をつけているのでその表情はよく分からないが、深刻な様子を感じだ。思わずダニエラお義姉様と顔を見合わせる。
「隣の大陸でな、我らの加護が失われつつあるのだよ」
「それって、かなりよくない話ですよね?」
「まあ、そうだな。我らもそれをただ黙って見ているわけではない。隣の大陸を守ろうと働きかけているのだが、どうも我らの信仰心が急速に失われているようなのだ」
精霊が十分な力を発揮するには、精霊に対する信仰が必要不可欠だ。その信仰が薄れている。そのため、隣の大陸を保護することができなくなっているのだろう。
隣の大陸では一体何が起こっているのだろうか。精霊の加護がなくなれば、天候不順や魔物の増加、実りの減少などの悪影響が出るはずなのに。まさか、知らないなんてことはないと思うのだが。
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