第662話 その先
結果は分かりきっているが、念のため試し斬りをしておいた。
わら人形はスッと切れた。スッと。まるで切れ味のよい包丁で野菜を切ったかのようである。これで野菜を切ったら音がしないんじゃないかな? そしてまな板まで一緒に切れそうだ。
「切れ味は問題なしか。いちおう耐久性能も確かめておこう」
もしかして剣がもろくなっているかも、と思っていたのだが、やはりそんなことはなかった。カンという甲高い音を立てて、巨大なハンマーが跳ね返された。ハンマーを振り下ろした、クマのような体格をした騎士が”バカな”みたいな顔で剣とハンマーを見比べている。
「耐久性能も問題なしのようですな。これならいざというときに使えそうです」
「それならよかった」
聖剣級の剣を使うときが来るのか、それはだれにも分からない。できればそんな日が来ないといいんだけど。
気を引き締めてから次の試験の準備を始める。期待と不安の入り交じった不思議な感覚が俺の中にあった。やっぱり俺は魔法薬のことになると、好奇心を抑えきれないようである。
「ユリウス様、あといくつあるのですか?」
「あと二つだよ」
「ちなみに、一体、なんの素材を使えばこのようなことになるのですか?」
「ミラの毛を使ったんだ」
「なるほど」
ライオネルは納得してくれたようである。それならしょうがないか、と。それと同時に、そう簡単にはこの改良型聖なるしずくを作ることができないことにも気がついたはずだ。
聖竜の毛なんて代物を手に入れることができるのは俺くらいのものだろう。
鋼の剣に魔法薬をふりかける。剣の色はますます黄金に近い色になった。ほのかにその刀身が輝いているような気がする。
なるほど、神話級か。確かにそう言われても信じてしまいそうなほどの神秘的な輝きがあった。
「これは……」
鑑定結果が見えたファビエンヌの口がパクパクしている。初めて見るのだろう。俺も初めて見る。ゲーム内では聖剣クラスが最強の装備だったからね。この剣はそれを超えたということになる。
「すごいよね。初めて見た。この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるらしい」
「ユリウス様にも知らないことが?」
「当然だよ。むしろ逆に知らないことだらけだとさえ思っているよ」
魔法薬に対しては確かにおごりがあるかもしれない。それは認めよう。だが、それ以外のことに関しては無知な部分の方が圧倒的に多い。なんでも知っている人間なんていないのだ。なんでも知っているのはこの世界を創った創造神くらいのものだろう。
「ユリウス様、結果はどうなりましたかな?」
ライオネルが小声で聞いてきた。結果によってはみんなに報告しないつもりなのかもしれない。でもここまできて、みんなに秘密というわけにはいかないだろう。
秘密にしてもみんなは許してくれるかもしれないが、俺に対する信頼は揺らぐと思う。それは避けたいところである。
「神話級の剣になったよ」
あえてみんなに聞こえるように、笑顔でそう言った。ハッと息を飲むような音が聞こえたような気がした。
「神話級……」
ポツリとつぶやいたライオネル。実感が湧かないのだろう。俺も同じ気持ちである。そんな幻想を壊すために、ライオネルに試し斬りをしてもらう。
訓練場は水を打ったように静まり返っている。みんながライオネルの一挙手一投足に注目していた。
声も出さずにライオネルがわら人形を斬った。音はない。ただ、パサッという、切り落とされたわら人形が地面に落ちる音だけが聞こえてきた。
それでもなお、歓声はあがらない。どこか夢でも見ているかのような空気である。
「素晴らしいですな。ですが、この世の物とは思えません」
「同感だよ。さすがにやりすぎたかな」
「そうですな。さすがにやりすぎでしょうな」
そこに笑い声はなかった。きわめて真面目にこれはまずいと思っている。さてどうしたものか。このままこの剣を騎士団に置いておくのはよくないか? でも、俺が持っていても、完全に宝の持ち腐れである。
「この剣、どうしたらいいかな?」
「ユリウス様……心配は不要です。我らハイネ辺境伯騎士団が責任を持って管理しておきます」
ライオネルが力強く引き受けてくれた。それを聞いた騎士たちも、キリリと顔を引き締めている。なんだかますます騎士団の結束が強まったような気がする。
非常事態が起きたときには、自分たちがハイネ辺境伯領を守るんだ。そんな意気込みを感じた。
そうだよね。俺一人ですべてを守る必要はないんだよね。備えておいて、何か起こったときにみんなで力を合わせて対応すればいいのだ。
「頼んだよ、ライオネル。騎士団のみんなも、どうか力を貸して欲しい」
「もちろんですよ、ユリウス様」
「そのような心配をせずとも、いつでも力をお貸ししますよ」
あちらこちらから声があがった。そして時間が動き出したかのように、みんなの熱が伝わってきた。神話級の剣を囲んで、その剣の素晴らしさをたたえ合っている。
さて、残る魔法薬はあと一つ。どんな結果になることやら。試験をしないという選択肢もあるが――。
「ユリウス様、最後の改良型聖なるしずくがどのような結果になるのか、ドキドキしますわね」
緊張した面持ちのファビエンヌが、それでも好奇心に負けたかのように笑顔を浮かべている。
そう、俺たちは魔法薬師。自分たちが作った魔法薬がどのような効果をもたらすのか、成果を出すのか、それがとても気になる生き物なのだ。
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