第663話 お蔵入り

「それじゃ、最後の改良型聖なるしずくの試験を行うよ」

「分かりました。お気をつけて」


 ライオネルがそう言うのも分かるような気がする。神話級以上の切れ味になったら、一体、どうなるのか。手なんて簡単に切れるだろう。それも、音もなくね。

 これまで以上に慎重な手つきで魔法薬を塗布していく。念のため、ファビエンヌとネロには下がってもらっている。


 しっかりと改良型聖なるしずくで鋼の剣を洗っていくと、だんだんとその刀身が光を帯び始めた。それは輝きを増していき、最後には黄金の輝きを放つようになった。

 これはもう鋼の剣じゃないな。黄金の剣である。ついに俺は錬金術の極みに達してしまったようだ。

 もちろん、本物の黄金ではないのだが。たぶん。


「神器……神器級じゃないのか」

「神器……」


 ファビエンヌのつぶやきと共に、その場に再び静寂が訪れた。これは絶対に外に出してはいけないやつだな。この光り輝く刀身がそう言っている。さすがに鞘に収めれば、その輝きは見えなくなるとは思うけど。


「ユリウス様、またとんでもない物を作りましたわね」

「俺もそう思うよ。改良型聖なるしずくは使用禁止だね」

「その方がよろしいかと思います」


 ファビエンヌも、みんなも、納得の結果のようである。だれ一人としてそのことに反対する人はいなかった。

 不幸中の幸いなことに、一つの剣につき、改良型聖なるしずくを一本丸ごと使ったので、在庫はない。新たに作らなければ、これでおしまいである。


「魔法薬師のみんなに作り方を教えなくてよかったよ」

「そうですわね。気をつかってくれたのか、見に来ることもありませんでしたからね」

「それでは、ここにある物がすべてと言うことになりますな」


 五本のちょっと世に出るとまずい剣が誕生してしまった。ギリギリ準伝説級の剣ならば、日常使いしてもよさそうな気がするが。

 そうだな、今後、増やす可能性も考えて、だれかに使ってもらおう。


「副騎士団長に準伝説級の剣を使ってもらえないかな?」

「それはとても名誉あることですが、よろしいのですか?」

「ライオネルはすごい剣を持っているからね。副騎士団長もそれなりの剣を持っていた方がいいんじゃないかと思ってさ」


 ハイネ辺境伯騎士団の装備はどれも一級品の物だ。騎士たちに不満はないだろう。だが、その騎士たちを引っ張る人物には、さらに上のグレードの物を使ってもらうべきなのではなかろうか。

 その方が、みんなもそこを目指して、より一層、励むことができるだろうからね。


「それはよい考えですな。これほどの剣を腐らせておくのはもったいないですし、これより優れた剣を探すのは難しいでしょうからね」


 俺の考えに気がついたライオネルがすぐに賛同してくれた。その顔には”なるほど”とちょっと感心しているような色があった。もっとすごいと思ってくれていいんだよ?


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 かしこまる副騎士団長に準伝説級の鋼の剣を渡した。元が鋼の剣だということが気になるが、切れ味は本物なのでよしとしよう。

 ……そのうち、それなりの装飾が施された剣に交換してあげようかな? さすがに見た目が他の騎士が使っている剣と同じではまずいかもしれない。うぬぬ。


「ユリウス様、この神器となった剣はユリウス様がお持ち下さい」

「そうだね、そうしておこうか。取りあえず、試し斬りくらいはしておく?」

「そう……しましょうか?」


 ライオネルが迷っている。切れ味を見たいが、見たら夜眠れなくなりそうだ。そう思っているのかもしれない。さすがにそれはないか。


「ファビエンヌは切れ味を見てみたい?」

「そうですわね。でも、見たら夜眠れなくなりそうです」


 苦笑いするファビエンヌ。やっぱりそうだよね。その衝撃で眠れなくなりそうだ。

 でもまあ、本番でいきなり使うわけにもいかないし、一度使ってみることにしよう。わら人形を用意してもらい、その前に立った。

 もちろん今回試し斬りするのは俺である。俺がこの剣を持つことになるからね。


「それじゃ行くよ」


 ふう、と息を吐き、力を入れずに、流れるように剣を振った。

 当たった感触はない。だが、わら人形は斜めに切断されていた。


「おお……」


 どよめきが起こる。でも、これで終わりじゃない。そう思った俺はわら人形のところへと向かった。

 ふむ、わらが潰れてないな。これなら乗せたらもう一度、くっつくんじゃ……そんな妙な確信に促されるように、ソッと二つになったわら人形どうしをくっつけてみた。


「く、くっついた……?」

「うん、くっついたね。わら人形にとっては、自分が斬られたことにすら気がついていないのかもしれないね」


 周囲からは感嘆の声が漏れ聞こえている。大騒ぎするのはまずいと思ったのかもしれない。俺もそう思う。これは外に出してはいけないやつだろう。

 素早くライオネルと副騎士団長に目配せすると、心得たとばかりにうなずいた。


「みな、よく聞くように。分かっているとは思うが、念のために言っておく。ここで見たことは絶対に口外しないように」

「念のため、使用人たちや、庭師たちにも言わないように。ことがことだけにね」

「分かりました。約束します」


 当然だと言わんばかりに騎士たちがうなずいている。大変ありがたいことである。これならまず、秘密が外に漏れることはないだろう。


「万が一、それが破られた場合はどういたしましょうか?」


 チラリとこちらを見るライオネル。そうだな、そのときはあきらめることにしよう。


「そのときは、改良前の魔法薬を使ってもらうことにするよ」


 ちょっとした冗談のつもりだったのに、騎士たちの顔から表情が消えた。そんなに嫌か。これはかなりの強制力がありそうだぞ。

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