第658話 模擬戦闘

 訓練場では今日も大きな声が飛び交っている。それにちょっとビックリしたファビエンヌの手を引きながらライオネルを探す。どうやら今日のライオネルは実際に模擬戦闘をやっているようだ。


 目の前では本気さながらの打ち合いが行われている。もちろん剣の刃は潰してあるのだろうが、当たれば肉は裂けるだろうし、骨折もする。それでも全力で模擬戦闘をしているのは、その程度のケガなら魔法薬ですぐに治るという考えがあるからなのだろう。


「す、すごい迫力ですわね」

「そうだね。でも、何か試験でもやっているのかな? ライオネルの剣がどこか相手を試しているように見えるんだけど」

「そうなのですか?」


 俺にそう言われて、ファビエンヌがジッと目を凝らしているが、結局分からなかったようだ。ネロにも分からなかったようで、二人そろって小さく首をかしげている。まだまだだね。


 そのうちにライオネルの剣が相手に突きつけられて、模擬戦闘は終了した。ライオネルが何かを話し、相手がうなずいている。その様子を見守っていると、ライオネルがこちらに気がついた。


「ユリウス様、来ていらっしゃったのですか」

「ちょっと見学させてもらっていたんだ。何かの試験中だった?」


 その瞬間、辺りが一瞬、ざわめいた。あれ? 何かまずいこと言いましたっけ?


「さすがはユリウス様ですな。ちょうど昇格試験をしていたところですよ」

「なるほど。騎士団に昇段があるとは思わなかったよ」

「この昇格試験に合格したものだけが、ユリウス様の護衛につくことができるのですよ」

「なんで俺だけ」


 どうしてそうなるんだ。俺じゃなくて、他の家族にしてもらえるとよかったのに。それに俺は自分で自分の身は守れるので、最小限でいいんだけど。

 俺がムッとしたことに気がついたのか、ライオネルが補足を入れる。


「もちろんユリウス様がお強いことは知っております。ですが、お一人ですべてを守ることは難しいでしょう」

「確かにそうかもしれないね」


 俺一人でも十分にみんなを守れるんだけど、それは言わないでおく。そんなことを言ったら、騎士団から不満の声があがることだろう。それに俺が戦うのは最終手段だ。切り札はなるべくとっておくものである。


「そういえば、最近、ユリウス様は訓練場へ来ておりませんね。剣の腕が鈍っているのではないですか?」

「そんなことないと思うけど」


 実際に、生まれてから数年は剣を握ってさえいなかったけど、剣術の訓練が始まってからは問題なく扱うことができた。たぶん、生まれつき体にインストールされているのだろう。つまり、アンインストールするまではいつでも使えるということである。


「それでは一戦、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 ニコリと笑うライオネル。心配そうに眉を下げるファビエンヌ。ここはファビエンヌを安心させるためにも、ファビエンヌにカッコイイところを見せるためにも、受けて立つしかないな。


「分かった。日頃の鍛錬の成果を見せてもらうとしよう」


 こうして始まったライオネルとの模擬戦闘だったが、俺が軽くいなしていたことにムッとしたのだろう。ライオネルが結構、本気で打ち合ってきた。以前にライオネルと戦ったことはあるのだが、そのときよりも確実に鋭くなっている。


 でも、俺もそのときよりも体格がよくなっているんだよね。前よりもパワーがあるのだ。今ならそれなりに打ち合っても大丈夫だろう。自分の力を試すべく、こちらも結構、本気で剣を振る。


 何度か打ち合ったのち、剣を突きつけたのは俺だった。ライオネルは驚きよりも、悔しさのにじんだ顔をしているように見えた。


「お見事でございます。私もまだまだですな」

「前よりも強くなってて驚いたよ。これは俺もうかうかとしていられないな」


 そんな話をしていると、止まっていた時が動き出したかのように、周囲からドッと歓声があがった。すぐにファビエンヌとネロが近づいてきた。


「すごかったですわ、ユリウス様。本当にお強いのですね!」

「さすがはユリウス様です。私ももっと剣の練習をしなければなりませんね」


 俺のカッコイイところをファビエンヌに見せられたようで何よりである。これで少しは安心してもらえたかな? ネロも剣術を鍛えたいみたいだし、これからはもっと訓練場に顔を出すようにしないといけないな。


「ユリウス様、我々にもぜひ、稽古をつけていただけないでしょうか?」

「よし、最近ちょっと運動不足気味だったし、少しだけやってあげよう」


 そうして訓練場での模擬戦闘が始まった。人数が多いので、一人の時間は短くなってしまったけど、それでもみんな満足そうに笑顔を浮かべていた。

 こんなことなら、もっと相手をしてあげるべきだったな。反省しなきゃ。ファビエンヌからぬれタオルを受け取りながらそう思った。


 みんなとの模擬戦闘を終えたところで本題に入ることにした。これ以上、時間を使うとファビエンヌに悪いからね。ずっと見学させておくのは酷というものである。


「前回使った聖なるしずくを改良してみたんだ。それを試してほしい」

「元の状態でも十分に効果があったと思うのですが、何か問題でもありましたかな?」

「ほら、一撃でレイスを倒せなかったでしょ? それが気になってさ」

「まあ、確かにそうですが……」


 何か言いたそうにライオネルが考え込んでいる。俺は静かにそれを待った。

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