第647話 虫歯注意報
無事に聖なるしずくを作り終えたころには、もう日が傾きかけていた。集中しすぎてしまったな。急いでファビエンヌを家まで送り届けないと。
調合室にいるみんなに挨拶をしてからミラを探す。そしてその姿をサロンで見つけた。サロンには他にもお母様の姿がある。
「ミラ、ファビエンヌを家まで送るから協力してもらえないかな?」
「キュ!」
待ってましたとばかりに急ぎ足でこちらにチョコチョコと寄ってくるミラ。そのかわいい仕草にほっこりだ。だがしかし。
「ミラ、口元にチョコレートがついてるぞ」
「キュ!?」
しまった! とばかりに小さな手で口元を隠すと、ベロベロとなめていた。
どうやらチョコレートが相当、気に入ったみたいだな。ドライフルーツ並みに食べているようである。虫歯にならないか心配だ。
「お母様、チョコレートを食べる量を制限した方がいいかもしれません」
「キュ!?」
「そうねぇ。ちょっと食べすぎかもしれないわね」
「キュ……」
ションボリするミラ。そんなミラにはしっかりと言い聞かせないといけないな。ミラの背中を優しくなでながら、ちょっぴり脅しておく。
「ミラ、虫歯になったら大変だよ? すごく痛い思いをすることになるし、歯を引っこ抜くことになれば、もっともっと痛いことになるよ」
「キュ!?」
ミラが両手で口を押さえ、その目がゆらゆらと揺れている。どうやらお分かりいただけたようである。すぐにミラがブンブンとヘビメタのように首を縦に動かし始めた。
まあ、聖竜が虫歯になるかどうかは分からないんだけどね。虫歯になるような、軟弱な歯を持っているようには思えないけど、そこは言わないでおいた。
「分かってもらえたようでうれしいよ。チョコレートをたくさん食べすぎないようにね」
「キュ」
これでミラはオッケーだ。あとはロザリアだな。もしかすると、リーリエにも注意しておく必要があるかもしれない。ネロもそれを予測しているのか、俺の顔を見て苦笑いしていた。
あとで確認しておこう。
「ユリウス、化粧水の進み具合はどうかしら。うまくいってる?」
「それが、まだ色々と試している段階です。肌に直接塗るものですからね。慎重に作業を進めています」
「そうなのね。あせらなくてもいいわよ。しっかりとやってちょうだい」
俺の”肌に直接塗る”という発言に思うところがあったようだ。女性にとって、肌は絶対い守るべき領域である。俺もそれを守るべく、しっかりとした品質の物を作るようにしないといけない。ファビエンヌも使うことになるだろうからね。
お母様に挨拶をしてからファビエンヌを家まで送っていく。明日も同じくらいの時間に迎えに行くつもりである。
「ユリウス様、本当に聖なるしずくの効果を確かめるために、現地まで行くのですか?」
「そのつもりだよ。前にも行ったけど、ファビエンヌは家でお留守番しておいていいからね。俺がいない間に魔法薬作りを手伝ってもらえると助かるよ」
「それはもちろんそのつもりですが……」
俺が行くのを止めたいんだろうな。だが制作者の俺としては、万が一、何かあったときのために、ついて行くべきだと思っている。それが俺の責務だ。
俺の思いが通じたのか、ファビエンヌはそれ以上、何も言ってこなかった。
ハイネ辺境伯家へ戻ると、ライオネルに無事に聖なるしずくが完成したことを報告した。ライオネルはそれを聞くと、何度もうなずいた。
「さすがはユリウス様ですな。こちらも準備を整えております。実はここだけの話なのですが、領内にゴーストが集まっている場所があるのですよ」
「そんな話、初めて聞いたよ。大丈夫なの?」
「集まっていると言っても、数は少なく、近くに人は住んでおりません。それでこれまで放置していたのですが、この機会に一掃しようと思っております」
うーん、放置していたのが気になるな。もちろん定期的に確認はしているはずだ。それで問題なしとされていたのなら大丈夫なのだろう。たぶん。どうかフラグではありませんように。
「聖なるしずくの効果は間違いないと思うけど、念のため俺も一緒に行くからね」
「心強い話ではありますが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫。俺、浄化魔法が使えるから」
「……そうでしたな」
声のトーンを落としてヒソヒソと会話する。この話はだれにも聞かれてはならない。一部の家族と、ライオネルとの間だけの話だ。
そのうちロザリアや、カインお兄様とミーカお義姉様にも話すことになるだろうが、それはまだ先の話になるだろう。
ライオネルと別れた俺は、夕食の準備が整うまでロザリアたちの様子を見に行くことにした。もちろん、チョコレートを食べる量の話もするつもりである。
「ロザリア、調子はどうだい?」
「もう少しで完成しますわ」
作業台の上には外装と内装に別れた蓄音機が置いてある。内装は完成しているみたいだな。残りは外装の仕上げだけなのだろう。ロザリアの手には木づちとたがねが握られている。
「さすがはロザリア。いい仕事してる」
「ありがとうございます!」
「ところでロザリア、チョコレートを食べすぎてないよね? リーリエも」
「えっ」
二人の動きが止まった。だがしかし、その目はチラチラと何かを見ている。その視線を追うと、そこにはお皿に載った山のようなチョコレートがあった。
あー、これは説教ですねー。ミラよりも食べすぎているかもしれない。
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