第646話 黒の中和剤
屋敷に戻った俺たちは早速、ホーリークローバーを素材に使った、聖なるしずくの魔法薬を作ることにした。
「これがホーリークローバーですか。やはり見覚えのない素材ですね」
「まさか七つ葉のクローバーとは。大変珍しい物なのでしょうね」
魔法薬師のみんなが感心しているが、思ったよりもたくさん採取できたんだよね。これならみんなで作っても大丈夫だろう。
まずは必要な素材を集めよう。ホーリークローバーの他に、赤ワインに塩、ニンニク、銀、それから黒の中和剤だな。
「最初は黒の中和剤を作るよ」
「聞いたことのない名前の魔法薬ですわね」
「黒の中和剤は金属を溶かして液体にする効果があるんだ」
それを聞いて目を大きくしたファビエンヌ。
「危険なのでは?」
「大丈夫。金属を溶かすといっても、ほんのちょっとだけだからさ。黒の中和剤の中にどっぷりと一ヶ月ほどつかるようなことがない限り、問題はないよ」
「それなら大丈夫そうですわね」
金属を溶かすだけなら、別の魔法薬があるからね。もちろんその場合は、素材として有効活用することはできない。あくまで金属製の武具の破壊が目的だ。
当然のことながら、そんな話をファビエンヌにするつもりはないので黙っておく。
「黒の中和剤に必要な素材はブラックスライムの粉末と毒消草、それから蒸留水だよ」
「ブラックスライムの粉末がちょっと手には入りにくいですわね」
「そうなんだよね。ちょっとしか使わないけど、大量生産することになれば、話が変わってくる。冒険者に回収をお願いしておくべきかもしれないな」
そうして俺が思案している間に、みんながノートに書き込んでいた。それを確認しながら作業を進める。黒の中和剤は混ぜるだけなので、分量さえ間違えなければ大丈夫だ。
そのため、すぐに黒の中和剤の準備ができた。
「ここからが本番だよ。まずは銀を液体に溶かす必要がある」
そう言ってから、ガラス容器の中に黒の中和剤を入れ、その中に小さな銀の塊を入れる。それをそのまま火にかけた。
「完全に銀が溶けるまで、ガラス棒でかき混ぜるんだ。このとき、沸騰すると危ないから、ときどき火から遠ざけてね」
人体への影響は少ないが、それでもゼロではない。安全性に配慮するのは当然である。もっとも、黒の中和剤はよほどのことがない限り沸騰しないんだけどね。
少しすると、黒の中和剤の色が消え、入れたはずの銀もきれいになくなっていた。
「次は別の鍋に赤ワインを入れるよ。そこにホーリークローバーと塩、ニンニクを入れて、ゆっくりと温める。ここで急ぎすぎるとホーリークローバーの成分がうまく取り出せずに、効果が下がってしまうから要注意だよ」
鍋を火に近づけたり、遠ざけたりしながらゆっくりと温める。鍋の中にキラキラした物がちらつき始めた。どうやらうまく成分を取り出せているみたいだな。
それを確認したところで、漏斗とろ紙を使って溶液だけを取り出す。赤い溶液の中にキラキラと星が舞っている。
「なんだか不思議な感じですわ」
「これが紺色とかだったらキレイだったんだろうけどね。赤色なんで、ちょっと不気味かな?」
もしも紺色だったら、夜空に星が浮かんでいるような溶液になったことだろう。それならビンに入れて、部屋に飾っておくのもよかったのかもしれない。
「仕上げにさっきの銀を溶かした溶液を、この赤い溶液に少しずつ入れる。色が消えれば完成だ」
スポイトを使って慎重に滴下していく。あせってはダメである。ゆっくりと、慎重に、しっかりと様子を確認しながら。
赤い色はだんだんと薄くなり、ついには完全な透明になった。そしてキラキラした物も、いつの間にかなくなっていた。
「これで完成だよ。これを武器にふりかければ、一時的に破邪の効果を得られるはずだ」
念のため、『鑑定』スキルを使って聖なるしずくの効果を確認する。
聖なるしずく:最高品質。武器に聖なる力を付与する。効果(特大)。持続時間(一日)。
うん、問題ないな。持続時間も一日だし、それだけ持続するなら十分に役に立つことだろう。そして大騒ぎになることもないと思う。
「最高品質……さすがはユリウス様ですわね」
「ファビエンヌも練習すれば、きっと同じ品質の物が作れるようになるよ」
そうして今度はみんなにも同じ物を作ってもらう。もちろん俺はみんなの間を動き回り、アドバイスをしている。
これでも俺はユリウス先生だからね。先生は生徒の面倒見がいいのだ。
みんなの腕もずいぶんと上がっているみたいだな。一度、教えただけなのに、ほぼ完璧に聖なるしずくを作り上げている。優秀な生徒ばかりで、先生、うれしいよ。
「問題なく作れましたね。さすがです。あとはこれを実際に使ってみて、その効果を確かめてみるだけですね」
「ユリウス先生の教え方が上手だからですよ」
「どのようにして確かめるのですか?」
ファビエンヌの顔も、魔法薬師たちの顔もうれしそうである。俺にほめられたからだけではない。新しい魔法薬を作る方法を習得できてうれしいのだろう。ここにいるみんなは魔法薬が大好きだからね。
「騎士団長にお願いしているのですが、おそらくゴースト系の魔物がいる場所に行くのではないかと思っています」
「なるほど、実戦ですか。見に行きたいような、そうでもないような」
どうやらみんなはあまり行きたくはないみたいだな。ゴースト系の魔物はどれも不気味だからね。しょうがないね。
「心配はいりませんよ。私がしっかりと現地へ行って、確認してきますから」
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