第648話 現地へ向けて出発する

「いいかい、ロザリア、リーリエ。チョコレートを食べすぎると、虫歯の虫に歯を食べられてしまうかもしれないよ? そうなったら、とっても痛い歯の治療をすることになる」

「歯の治療」

「そう。歯を引っこ抜いたりしてね」


 ロザリアとリーリエの顔からサッと血の気が引いた。どうやらかなりの効果があったみたいだな。これで少しはチョコレートを食べる量を制限してくれることだろう。

 チョコレートが人気になるのは間違いないと思っていたけど、歯のことまでは考えてなかったな。ちょっと失敗した。


「歯の治療をする魔法薬はないのですか?」

「あー、虫歯の虫を駆除する魔法薬ならあるかも? でも、とってもおいしくないよ~」


 うん、作れることは作れるはずだ。虫を駆除する魔法薬を改良すればいいだけなのだから。だが、それがあるから”いくらでもチョコレートを食べていい”となるのはなんか違う気がする。そのため先手を打っておくことにした。


「そ、そうなのですね。残念ですわ」

「しっかり歯を磨いて気をつけます」


 どうやら二人にもお分かりいただけたようである。これでよし。家族の歯は守られたぞ。

 夕食後、改めてライオネルから話があった。


「明日の朝から現地へ向かおうと思います」

「それじゃ、ファビエンヌを迎えに行ったらすぐに訓練場へ向かうよ。もちろんファビエンヌはお留守番させるから心配しなくても大丈夫だ」

「分かりました。それではそのように」


 そう言ってから去って行くライオネルの後ろ姿を見ながらふと思った。


「ネロ、無理そうならファビエンヌと一緒に留守番していてもいいんだからね?」

「大丈夫です。ユリウス様の勇姿を見逃すわけにはいきませんからね」


 フンスと意気込みを語ってくれたネロ。さすがはユリウス信者の中でもトップの地位にいるだけはあるな。お化けくらいではなんの抑止力にもならないみたいだ。強い。

 これはドラゴンと戦うことになってもついてくるって言いそうだな。


 夜の間に、通信機能つきの指輪を使って、ファビエンヌに明日のゴースト討伐の話をしておく。

 現地にファビエンヌが行くことはないが、報連相は大事だからね。身近にいる大事な人ほど、情報を共有しておかないといけないのだ。


『ユリウス様、本当に大丈夫なのですか?』

「大丈夫だよ。万が一、聖なるしずくの効果がなかったら、浄化魔法を使って一掃するからさ」

『そうでしたわね。ユリウス様は浄化魔法が使えるのでしたわね。それなら大丈夫なのかしら?』


 指輪の向こうから困惑したような声が聞こえてくる。実際にその目で黒い巨木が浄化される場面を見ていても、完全に不安を拭うことはできないみたいだ。

 こればかりは信じてもらうしかないな。もう一度、ファビエンヌに問題ないことを話してから通信を解除した。


 そういえば、精霊様の加護を使っても通信できるんだったな。今度からそっちを使った方がいいのかな? 今のうちから使い慣れていた方がいいような気がする。

 翌日、ファビエンヌを迎えに行ったあとですぐに行動を開始する。


「ファビエンヌには化粧水の続きをお願いしたい」

「分かりましたわ。任せてください」

「ただし、安全性が分からない場合は、俺が帰ってくるまで絶対に使わないようにね」

「お約束しますわ」


 ファビエンヌも『鑑定』スキルを持っているが、その性能は俺の持っているものよりも精度がよくない。万が一に備えてしっかりと言い聞かせておく。ファビエンヌのことはもちろん信頼している。単純に俺が過保護で心配性なだけである。


 こんなことなら、今日はファビエンヌのお休みの日にすればよかったかな? でもそれだと、ファビエンヌを信頼していないように思われてしまうかもしれない。非常にデリケートな問題である。


「それじゃ、行ってくるよ」

「ご武運をお祈りしておりますわ」


 ファビエンヌに見送られて調合室をあとにする。そのままの足で訓練場へ向かうと、すでに準備は整っているようだった。

 鎧を身にまとった十人くらいの騎士が武器の確認を行っている。すぐ近くにはほろつきの馬車が用意されていた。


「待たせてしまったかな?」

「そのようなことはありません。現在、最終チェックを行っているところです。念のため、銀製の武器も用意しております」


 そう言ってからライオネルが銀の剣を見せてくれた。初めて見たけど、これは確かに使い道が限られるな。ものすごく高そう。これで打ち合って刃こぼれでもしようものなら、残念な気持ちになるのは間違いない。

 とてもキレイなので、部屋に飾っておくのにはよさそうなんだけどね。


 出発の準備を整えた俺たちは、さっそく現地へと向かった。予定通りに進めば、今日の昼食は現地に近い村で食べることになる。そして昼食後にゴーストが集まっている場所へと向かうのだ。


「ライオネル、ゴーストたちが集まっている原因は分かってるの?」

「元々その近くには開拓村があったそうです。それも、私が生まれる前の話ですけどね。そしてその開拓はうまくいかなかった」

「ああ、それじゃ、その開拓村は魔物にやられちゃったってことか」

「おそらくはそうかと思われます。それでどうやら、いまだにその怨念が残っているようですな」


 それなら確かに討伐するのがはばかられるか。その開拓村も、ハイネ辺境伯家が命令して作らせたのだろうからね。それにそのことが表に出れば、ハイネ辺境伯家の心証も悪くなるだろう。それでこれまで放置されていたというわけか。

 ハイネ辺境伯家の代表として、ちゃんと浄化してあげないといけないな。

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