第634話 初代様の秘密
そこからは全員でサロンへと移動し、緑の精霊様と色んな話をすることになった。なんでもその昔は、この辺りまで魔境が広がっていたらしい。それをハイネ一族が頑張って魔物のいない土地に変えていったそうだ。
もちろん、人の力で魔境を浄化するのは無理があった。そこで、緑の精霊様の加護を持っていた初代様たちが、その力を使って今の土地を切り開いていったそうである。
「魔境を切り開いたというお話は初めて知りました。私が知っているのは、すでにこの土地で辺境伯を名乗っていたころからになりますからね」
「それは仕方がないことかもしれませんわ。その当時はまさか辺境伯になるだなんて、思ってもみなかったでしょうからね」
眉を下げるお父様。それをフォローする形でお母様が話を続けていく。
確かにその通りだな。当時は魔境を切り開くので精一杯だっただろうし、その日を生きていくので必死だったはずだ。日記なんて書いている暇もなかったのだろう。
「それでも、こうしてまた出会える日が訪れましたわ。わたくしたちを導いてくれた女神様に感謝ですわね」
ウフフと笑う緑の精霊様。それって、俺がハイネ辺境伯家に産まれたのは偶然じゃないってことなのかな? まさかここまで計算して、女神様が俺を送り込んだ可能性が……まあ、そんなわけないか。
俺が精霊の加護を最初にもらうことになったのはただの偶然だし、そこからもドンドン増えていったのも、たまたまである。いくら女神様といえども、俺のやらかしの数々までは想定できなかったことだろう。
ワッハッハ……悲しい。目立たない子でいたかった。もう遅いけど。
「緑の精霊様、慰霊碑に描かれていた絵は精霊文字なのですか?」
「ええ、そうですわ。わたくしをたたえる歌が書いてあって、ちょっと恥ずかしかったですわ。みなさまもアレを読んだのでしょう?」
「いえ、それが……」
アレックスお兄様の視線が俺へと向いた。書いてある内容をみんなには詳しく話さなかったからね。あれ、歌だったんだ。なんだかちょっと分かりにくい書き方をしてあったから要点だけを話したんだよね。ここで石碑に書いてあった歌について話すべきかな?
みんなの注目が俺へと集まってきたところで、緑の精霊様が何かに気がついたようである。その両手を口元に当てた。
「あらまあ! あなたの面影があの人にそっくりだわ」
「あの人?」
「ええ、そうよ。わたくしが加護を与えた、ハイネ一族の最初の人よ。とっても強かったのよ~? 剣を振り回してバンバン魔物たちをなぎ倒していたわ。ソード・タイフーンとか言ってたわね。懐かしいわ~。あなたも使えるのかしら?」
なんだろう、この初恋の人を思い出すような雰囲気は。そして俺もソード・タイフーンを使える。それってゲームの中の剣技じゃん。
確定だな。初代様は俺と同じく転生者。しかも、俺と同じゲームをやっている。
だがしかし、ここで”もちろんできますよ”なんて言うつもりはない。俺の任務は魔境を切り開くことじゃないのだ。
「いえ、私は剣術などたしなみ程度にしか使えません。剣術よりも、魔法薬を作るのが得意です」
「あら、そうなの? 鍛えたらいいのに。才能、あるわよ?」
緑の精霊様には一体、何が見えているのか。とても気になるが、これ以上の追求はやめておこう。やぶ蛇になるのは間違いない。とりあえず俺は”そんな才能、ありませんよ、アハハ”と笑ってごまかしておいた。
ファビエンヌとネロから疑うような視線を感じたが、そちらは振り向かないことで対処した。振り向いたら負けだ。前だけを見るんだ。
「カインに剣術の才能があるのは、その血が流れているからなのかもしれませんな。この話を聞いたら、カインも喜ぶことでしょう」
「ええ、そうね。きっと喜ぶはずよ。あとでこの話を手紙で送っておくわ」
「そうなると、私たちだけが加護をもらったことをうらやましがるかもしれないな」
冗談めかしてお父様がハッハッハと笑った。それにつられてみんなで笑う。だがしかし、緑の精霊様はきわめて真面目な雰囲気を漂わせながら首を傾けた。
「それは大丈夫だと思うわよ? カインちゃんとミーカちゃんにも、わたくしの加護が届いているはずですもの」
なんですと! みたいな顔になったお父様。お母様も両手を口元に当てて目を大きくしている。もちろん俺も驚いている。それって突然、カインお兄様とミーカお義姉様の手の甲に花の模様が浮かび上がったってことだよね?
絶対、二人は困惑しているはずだ。これは一体、なんだろうってね。
「お母様、急いで手紙を送った方がいいかもしれません」
「そうね、そうするわ」
お父様とお母様が密談に入ったところで、緑の精霊様が俺の方をジッと見つめてきた。なんだろう、そんなに初代様と俺が似ているのかな? でも初代様は魔境を切り開くくらいの猛者なのだから、こんなもやしっ子ではなくて、筋骨隆々のクマのような人だったんじゃないかな?
「よく見ると、ユリウスちゃんはたくさん加護を持っているみたいね。あの人でも三つだったのに」
「えっと、これには深い事情がありまして……」
どうやら俺が持っている、精霊の加護の数は規格外のようである。もちろんそれには理由があるのでちゃんと話しておく。話せばきっと緑の精霊様も分かってくれるはずだ。
俺はこの世界での精霊に対する信仰が薄れてきている話をした。すると緑の精霊様の雰囲気が少し曇ったように感じた。
「再びこの世界に降り立ったときに違和感を覚えたのはそれが原因だったのね。色んな場所に人が住んでいる気配があるのに、自然との結びつきが薄い気がしたのよ」
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