第635話 精霊通信

 俺の話が原因で、緑の精霊様の雰囲気が暗くなってしまった。せっかく復活したのに世界のことわりが乱れつつあるのでは、そんな風になるのも当然か。

 少しでもその気持ちを和らげるべく、精霊たちのお気に入りを勧めることにした。


「緑の精霊様、これはドライフルーツと言って、他の精霊様たちにとても人気の食べ物なのですよ。果物を加工したものなので、安心して食べられると思います」


 もしかすると、好き嫌いがあるのかもしれない。念のため予防線を張りつつドライフルーツを勧めた。それにつられてミラがヒョイパクとドライフルーツを食べた。

 おいしかったらしい。ほほに両手を当てて目を閉じている。


「ウワサには聞いていたけど、これがドライフルーツなのね。いただくわ」


 モグモグとドライフルーツを食べる緑の精霊様。その雰囲気がパッと明るくなったように感じた。

 ホッと胸をなで下ろしたところで俺も食べる。うん、前よりもさらにおいしくなっているな。料理人たちも腕を上げているようだ。


「とってもおいしいわ。みんなが夢中になるのも当然ね」


 どうやら精霊たちがどこかでつながっているのは間違いないみたいだ。やっぱり天界とつながっているのかな? 聞くのが怖いので聞かないけどね。

 そしてファビエンヌとロザリアが、さっそくそのドライフルーツを開発したのが俺であることを緑の精霊様に自慢していた。


 うれしい気持ちはもちろんあるが、俺の隠してることが緑の精霊様に見透かされそうで怖い。できればそっとしていてほしかった。しかし緑の精霊様はますます俺のことが気になったようである。

 仮面越しで表情はよく分からないが、ジッと見られているような気配を感じた。


「ユリウスちゃんには他にも何かを感じるわね。よくは分からないけど、何かすごい力が眠っているのではないかしら?」

「え? いや、そんなものは眠っていないと思いますよ。ただの魔法薬を作るのが好きな男の子です」


 内心、ヒヤヒヤものである。背中には嫌な汗が伝っていた。

 ありがたいことに、緑の精霊様は首を傾けただけで、それ以上、深く追求してくることはなかった。何かを察してくれたのかな? それならそれでありがたいけど。




 緑の精霊様は他にもケーキやクッキーなどを食べて、非常に満足した様子で帰っていった。よかった。これからはここに住むとか言い出さなくて。

 ドッと疲れた俺たちは緑の精霊様が去ったあとも、しばらくサロンでぐったりしていた。


「さあみんな、いつまでもそんな様子じゃダメよ。やるべきことをやりましょう」


 お母様がパンパンと手をたたいてからみんなを促した。お母様はこのままサロンで手紙を書くようだ。使用人がテーブルの上に便箋を運んでいるのが見えた。

 カインお兄様とミーカお義姉様に手紙を書くのだろう。こんなときに電話があったらよかったんだけどね。


 離れた場所でお互いに通信を行う魔道具はあるにはあるが、それを持っているのは俺とファビエンヌだけである。今回のような、緊急事態のために、家族全員にも作って渡しておくべきなのかな? でも完全にオーバーテクノロジーな魔道具なんだよね。やはり作るのは危険か。通信の魔法があればよかったのにね。


 ん? いや、待てよ。そう言えば以前に、精霊様がその能力で騎士たちとお互いに話せるようにしていたな。それなら精霊の加護を持ったもの同士なら同じことができるのではないだろうか。


 しかも俺たちみんなが共通して、緑の精霊様の加護を持っているのである。可能性は高いと思う。まずは試しにファビエンヌにやってみよう。俺は拳を軽く握って、そこに魔力を込めた。


『ファビエンヌ、聞こえる?』

「え、なんですの!? 手の甲からユリウス様の声が!」


 みんなの注目が俺とファビエンヌに集まった。しまった。最初にファビエンヌに話してから実験するべきだった。

 真っ赤に染まるファビエンヌ。ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだよ。ここは俺がフォローせねば。


「えっとその、精霊の加護を使って遠くの人と話せないかなぁと思って、実験していたのですよ」

「ユリウス様……」

「ごめん、ファビエンヌ。最初に話しておくべきだった。反省してる」


 恨めしそうにこちらを見て来たファビエンヌに全力で謝っておく。こんなことで関係がこじれるのは嫌だからね。

 そんな俺たちを見て、納得したかのようにお父様がうなずいている。


「そう言えば、以前、スノウワームを討伐したときに、精霊様の力を借りて、遠く離れた場所でも会話ができるようにしてもらったという報告があったな。なるほど、ユリウスはそれを試したわけだな?」

「ええ、そうです。もしこれがうまくいくようなら、すぐにでもカインお兄様とミーカお義姉様に話ができると思いまして」


 チラリとアレックスお兄様を見る。アレックスお兄様はすぐに時間を確認すると、こちらを向いてうなずいた。


「ちょうど今は午前中の休憩時間だよ。試してみるにはちょうどいいかもね」


 みんなが俺の近くに集まってきた。またやっちゃったなーと思いつつも、やり方が分かるように握った拳を前に出した。そして今度は驚かせないように、そっと拳に語りかけた。


「カインお兄様、聞こえますかー? 聞こえていたら、花の模様がついた拳を軽く握って、ほんの少し魔力を込めて下さい。そして私に届けるように声を送って下さい」

『こ、こうか? なんだ、一体、何が起こってるんだ!?』

『ねえ、カインくん、今、ユリウスちゃんの声が聞こえなかった?』

『聞こえたよ。拳からユリウスの声が聞こえた。またユリウスのイタズラかな?』

「違いますからね?」


 どうやらカインお兄様の中で俺はイタズラ小僧として認識されているようである。”また”って。俺、カインお兄様にイタズラしたことないじゃ~ん。

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