第630話 保存液

 素材の準備をしていると、調合室にいた魔法薬師たちが集まって来た。


「ユリウス先生、新しい魔法薬ですか?」

「そうです。保存液という名前の、素材を保護することができる魔法薬を作ります。何かの役に立つかもしれないので、みなさんにも教えておきますね」

「ありがとうございます!」

「その保存液があれば、氷室などの設備がない場所でも素材の品質を保つことができそうですね」


 新しい魔法薬を教えてもらえるとだけあって、みんなのテンションも高めである。やっぱり魔法薬師ならそうでなくっちゃね。そうでなければ教えがいがないからね。

 もちろんファビエンヌも目を輝かせて、俺が集めてくる素材をノートに書き込んでいる。


 必要な素材は、薬草、緑の中和剤、イエロースライムの粉末、シャインレモンである。どれもすでにそろっているので、すぐにでも作ることができるぞ。


 まずは緑の中和剤を加熱し、沸騰寸前にまで持っていく。その間に、粉末状にした薬草とイエロースライムの粉末を乳鉢でさらに潰しながら均一になるように混ぜていく。

 シャインレモンは輪切りにすれば準備オッケーだ。


 緑の中和剤がいい感じに加熱したところで、薬草とイエロースライムの粉末を混ぜたものを少しずつ、様子を見ながら加えていく。そのとき、同時に魔力も送り込む。

 その感覚をみんなと共有しながら粉を加えていくと、緑色をした、緑の中和剤が透明になった。


「この状態になったら火を消して下さい。あとは輪切りにしたシャインレモンを入れて、そのまま粗熱が取れるまで放置すれば完成です。あ、最後にシャインレモンは取り出して下さいね。間違っても食べないように。おいしくない成分が吸着されているはずですからね」

「シャインレモンの成分を加えるのと同時に、不快な成分を取り除いているのですね。勉強になりますわ」

「なるほど、シャインレモンにはそのような使い方もあったのですね」


 感心しているファビエンヌの魔法薬師たち。そのあとはみんなの質問を受けつつ、粗熱が取れるのを待った。その間に保存液の成分を確認する。


 保存液:最高品質。品質を保つ。効果(特大)。持続時間(千年)。無味無臭。


 あ、これヤバイやつ。持続時間千年って、長すぎだろう!? ミイラでも作るつもりかな。これはまずいような気がする。化粧水を改良するときには十分気をつけないといけない。少なくとも、効果を落とす必要があるな。


「ユリウス様? どうかなさいましたか?」

「ファビエンヌ、できあがった保存液を鑑定してみてよ」

「え?」


 コソコソとファビエンヌにだけ聞こえる声で話す。だがしかし、俺の予想に反して、ファビエンヌがちょっとしか驚かなかった。


「最高品質ですわね。さすがユリウス様ですわ」

「え、それだけ?」

「え? ええ、もちろん”品質を保つ”という効果もついておりますわよ?」


 俺が首をかしげると、ファビエンヌも同じように首をかしげた。どうやらまだ、効果や持続時間、匂い、味までは鑑定できないようである。

 ……話しておくべきだろう。ファビエンヌの『鑑定』スキルのレベルアップにつながるかもしれないからね。


「実はさ……」

「えええ!」

「シッ! 声が大きい」

「ご、ごめんなさい」


 なんだ、と一瞬、みんなの注目が集まったが、俺たちが顔を寄せ合ってコソコソしているのを見て、目を背けてくれた。

 そうじゃないんだけど、今はそれでよし。お父様に変な報告を上げなければそれでいいかな。


「どうなさいますの?」

「使うしかない。一応、目的は達成しているからね。今から効果を下げた保存液を開発するとなると、今日中にクローバーの苗を植えられなくなるよ」


 これだけ効果が高くなったのには何か理由があるはずだ。それを調べる必要があるんだけど、すぐには分からないだろう。とにかく今は時間がないのだ。

 粗熱が取れた保存液を常温まで魔法で冷ました。少しは品質が下がってくれるかな、と思ったがそんなことはなかった。


「ユリウス先生、我々もさっそく保存液を作ってみますね」

「できあがりを楽しみにしてます。後で見せて下さい」

「もちろんですよ」


 調合室を出るとロザリアたちを探す。どうやらみんなそろってサロンでお茶をしているようだ。ちょうどいいぞ。ファビエンヌの花冠も持ってきてもらい、サロンへ向かう。

 サロンにはロザリアとミラ、お母様、そしてダニエラお義姉様の姿もあった。


「保存液が完成しました。さっそくみんなの花冠に使おうと思います」

「あら、ずいぶんと早かったわね。ユリウスも少しは休憩しなさい」


 お母様にそう言われ、俺とファビエンヌも席に座った。すぐにお茶が運ばれてくる。そうしてみんなとお茶の時間を楽しんでいる間に、使用人に新しい霧吹きをお願いする。


 これに保存液を入れて、シュッシュと吹きかければ、簡単に花冠に保存液をコーティングすることができるはずだ。保存液がサラリとした液体でよかった。粘性があったら色々と面倒なことになっていたはずだからね。


 ゆっくりとお茶を味わったところでコーティング作業へと移る。まずはみんなに保存液の使い方を説明することにした。


「この霧吹きの中に保存液を入れてあります。これをまんべんなく吹きかけてもらうことで、花冠を保護することができます。効果は十分に長いので、一度吹きかければ大丈夫ですよ」

「あら、そうなのね。一度でいいだなんて、とっても便利そうね。花なんかにも使えるのかしら?」

「使えると思います。ただ、それをするとお花屋さんが潰れてしまうかもしれません」


 この保存液の恐ろしいところは香りや味までも保存するというところである。もちろん、素材としての効果はそのままなので、魔法薬の素材として使っても、変な効果がついたりはしない。


「確かにそうね。それじゃ、特別な人からもらったものにだけ使った方がよさそうね」


 うーん、もしかして俺、とんでもない魔法薬の作り方を教えたことになるのかな。あとで絶対に他の人が作った保存液を確認しておかないといけないな。場合によっては禁止魔法薬にする必要がありそうだ。




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