第629話 祈り

 緑の精霊様をたたえる石碑の前に、色とりどりの花冠が並ぶ。もちろん花冠だけでなく、花の首飾り、花の腕輪、花のアンクレットもある。

 当然のことながら、女性陣とミラの頭の上にも、似たような花冠が載っている。みんなとってもうれしそうである。


「ユリウスお兄様、私、この花冠を宝物にしますわ!」

「キュ!」

「それはうれしいんだけど、あまり日持ちしないと思うんだよね。困ったな」


 おそらく数日もすればしおれてしまうことだろう。そうなったときのロザリアとミラの顔を見るのはつらいな。お母様もダニエラお義姉様も、そのことをどうやって伝えようか苦心しているようだ。二人とも眉間にシワを寄せている。


「ユリウス様、魔法薬でなんとかならないのですか?」


 ファビエンヌがグイと俺の袖を引っ張り、上目遣いでこちらを見てきた。いつの間にそんなやり方を覚えたんだ。これじゃ、断れないね。どうやらファビエンヌも俺がプレゼントした花冠を気に入っているようである。


「それじゃ、保存液でも作るか。それを定期的にふりかければ、同じ状態を長く保つことができるはずだからね」


 ゲーム内では劣化が早い素材を持ち帰るときに、小型氷室と共に重宝したアイテムである。一度使えば、ほぼ劣化に困ることはなくなるのだが、この世界ではどうなることやら。


「保存液? 聞いたことがない魔法薬ね」


 不意にお母様が俺の発した言葉に興味を示した。


「ちょっと特殊な魔法薬ですからね。普通は素材の劣化防止に使う魔法薬ですので」

「……それって、化粧水とかには使えないの?」


 なるほど、お母様が興味を示したのはそのためだったか。お母様の意図を察したダニエラお義姉様が食い入るようにこちらを見ている。

 どうしよう。可能かもしれないし、不可能かもしれない。やってみなければ分からないな。


「どうでしょうか? 試したことがないから分かりません。保存液を作ったときに、試してみますね」

「お願いするわ」

「お願いね」


 二人からお願いされる。これって完成させなきゃいけないやつだよね? 化粧水はすでに開発しているので、そこにプラスアルファする形で成分を加えてみることにしよう。


「ユリウスお兄様、宝物にしてもいいですか?」

「キュ?」

「もちろんだよ」

「やったあ!」

「キュ!」


 そう言って二人をなでてあげると、うれしそうに目を細めた。ついでに隣で頭を差し出したファビエンヌもなでなでしておく。これで問題はないはずだ。

 あ、お父様が苦笑しているな。だが魔法薬の開発を止めることはないみたいだ。つまり、お父様公認というわけだ。そうだよね?


「それでは皆で祈りをささげよう。これからは定期的にここへ来るようにしないとな」

「それなら道を整備しますか?」

「そうだな……」


 今後のことを考えてアレックスお兄様がそう提案した。

 確かに道があれば行き来はしやすくなるが、そうなるのは俺たちだけではない。ウワサを聞きつけた人たちがここへ来て、この美しい花畑が荒らされるのはちょっと嫌だな。

 きっとここに咲いている花たちは緑の精霊様を慕ってここに咲いてるはずだからね。


「ここへ人がたくさん来るようになったら、この景色も見られなくなるかもしれませんね」

「それはちょっと残念ですわね。緑の精霊様もこの景色を気に入っているのではないでしょうか?」


 俺たちがやんわりと否定すると、それもそうかと悩み始めた。最終的に判断するのはお父様である。みんなその判断に従うつもりなのだろう。


「道の整備は保留とする。ここまで来るのはいい運動になるからな。この程度の道で音を上げるようでは、緑の精霊様に笑われるぞ」

「ふふ、確かにそうですね。ハイネ一族の元気な姿をお見せしなければ、緑の精霊様もゆっくりとお休みできないでしょうからね」


 そう言ってアレックスお兄様が笑った。ひとまずはこれで落ち着いたようだな。

 そのとき、俺の中に二つの”ホッと胸をなで下ろすような感覚”があった。もしかして、片方は緑の精霊様なのかな?


 やはり自分を慕って咲いてる花が荒らされるのは嫌だったようである。

 まあ、俺たちはそんな花たちを踏んだり、つんだりしてるんだけどね。ごめんなさい。

 次に来るときはファビエンヌが作った万能植物栄養剤を持って来るので許して下さい。


 石碑の前で祈りをささげて花畑を後にした。すがすがしい気持ちになっているのは俺だけではなかったみたいで、みんなとてもいい顔をしていた。ここまでの道中での疲れも吹き飛んだらしく、みんなで軽い足取りで屋敷まで戻ってきた。


 屋敷へ戻ると、ちょうど昼食の時間にさしかかろうとしていた。そのため、今日は久しぶりのみんなで食べる昼食になった。

 いつも夕食以外の時間はだれかが欠けているからね。何気に明るい時間にみんながそろうのは珍しいのである。


 そのことを感じていたのは俺だけじゃなかったようで、家族みんなの顔も明るかった。これからもみんなで定期的に緑の精霊様のところへ行って、今日みたいな昼食の時間を楽しめるとうれしいな。


 さて、ここからはどうするかな。

 目的としていたクローバーの苗は手に入った。そして運良く、カカオの実も手に入った。あとは保存液も作らないといけない。


 優先順位は保存液、苗植え、チョコレートだな。苗植えには時間がかかる。そのあとに保存液を作るとなると、花冠がしおれているかもしれない。なるべく早く作らなければ。

 昼食をみんなと一緒に食べるとすぐに、ファビエンヌを連れて調合室へと向かった。


「ファビエンヌ、まずは保存液を作るよ。それが終わったらクローバー畑へ苗を植えに行こう。ネロ、苗植えとドンドンノビール二号の準備をお願い」

「承知いたしました」


 ネロが調合室から出て行った。さあ、俺たちも急いで保存液を完成させて、みんなの花冠を保護しなくては。




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