第628話 花冠

 なんとかアレックスお兄様とダニエラお義姉様からの疑惑の目をかいくぐり、目的地であるお花畑へとたどり着いた。

 話には聞いていたが、ここへ来たのは初めてである。


「おお、これは思った以上に大きな花畑だね」

「すごくキレイですわね。でも、どうしてここだけこんなにお花が咲いているのでしょうか?」


 首をかしげるファビエンヌ。その間にロザリアとミラがお花畑へと駆けだしていた。

 ミラがなんの反応も示さないということは、近くに危険なものはないということである。なかなか便利だな、ミラセンサー。


「咲いている花は特に珍しい花じゃないみたいだね。何かの素材に使えそうな花があったらよかったんだけど」

「まあ、ユリウス様らしいですわね」


 花より魔法薬な俺の様子を見てファビエンヌが笑っている。おそらくお父様とお母様にも今の会話が聞こえたのだろう。二人もそろって笑っている。

 いいじゃない。これが俺なんだよ。


「ファビエンヌ嬢の言う通り、不思議ではあるね。まるでここだけ何かに守られているみたいだ」

「うふふ、ハイネ辺境伯家には何か古いお話が伝わっているのではないですか?」


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様が寄り添ってイチャついているぞ。くそう、俺も負けてはいられない。さりげなくファビエンヌと距離を詰める。

 そのとき、ロザリアとミラがこちらへと駆けてきた。


「ユリウスお兄様、向こうで怪しい石を発見しましたわ!」

「キュ!」


 どうしてキミたちは俺に報告しに来るのかね? そこは別にお父様やアレックスお兄様でもよかったんじゃないだろうか。もしかしてロザリアとミラからも、俺が動けば何かが起こるって思われてる?


「怪しい石か。とりあえず、行ってみる?」

「行ってみましょう」


 念のためファビエンヌに許可をもらってから移動する。案内された場所には石碑のような物が立っていた。確かに怪しい石だな。


「ユリウスお兄様、なんて書いてあるのですか?」

「うーん、何語だ、これ?」


 そこには見たこともない文字が書かれていた。見方によっては、文字と言うよりかは絵のようにも見えるな。

 なんだ、なんだとみんなが集まってきた。


「初めて見る文字ですわね。文字と言うよりも、絵、でしょうか?」

「確かにそう見えるね」


 どうやらダニエラお義姉様とアレックスお兄様にも絵のように見えたらしい。そんな俺たちの後ろで、腕を組んで考え込んでいるお父様。何かを頑張って思い出そうとしているようだった。


「そういえば、昔、聞いたことがあるな。ハイネ辺境伯家がこの辺りを治める前に、この地を守護する守り神がいたらしい」

「まさか、その守り神を倒してこの地を手に入れたのではないですよね?」

「そこは大丈夫だ。どちらかと言えば、力を失いつつあった守り神がハイネ一族にこの地を託した、というのが真相のようだ」


 力を失いつつあった守り神。なんだか精霊様と境遇が似ているな。まさか、精霊様がこの地に眠っているとかないよね?

 そう思いながら、もう一度、石碑を確認する。


 もしそうなら、精霊様の加護を持っている俺には、何か別の物が見えてくるかもしれない。ジッと観察すると、だんだんとその絵から情報が見えてきた。

 どうやらこの石碑は”緑の精霊様”をたたえるものであるようだ。この地を守って消えてしまった、精霊様への感謝の言葉が書かれている。


「お父様、この石碑に書かれていることがおおよそ分かりましたよ」

「何? どういうことだ?」

「どうやら私が持つ、精霊様の加護のおかげで読むことができたみたいです」


 そうしてみんなに石碑に書かれていたことを話した。どうやらハイネ一族がこの地に根付いたころに、俺と同じように精霊様の加護を持った人物がいたようだな。おそらくその人物がこの石碑を作ったのだろう。

 将来、俺のような精霊様の加護を持った人物がこの地に再び現れることを期待して。


「そうだったのか。いつの間に忘れ去られてしまったのだろうな。緑の精霊様に申し訳ないことをしてしまった」

「それなら、今日からまたつながりを結べばよいではないですか。何世代かかるかは分からないけど、きっといつの日か、緑の精霊様も許して下さるはずだわ」

「そうだな、そうしよう」


 お母様の言葉にお父様が笑う。俺たちも一緒に笑う。

 過去は変えることはできない。それなら今日から変えていくしかない。いつから始めるか、今でしょ!


「ユリウスお兄様、何か私にも緑の精霊様にできることはありませんか?」

「それなら一緒に花冠を作ってお供えしよう。それならきっと、緑の精霊様も喜んでくれるはずだよ」

「お兄様、教えて下さい!」


 そこからは、みんなで花冠を作ることになった。俺は作り方を教えつつ、ファビエンヌと一緒に花の首飾りを作っていく。ダニエラお義姉様は花の腕輪を作っているみたいだな。

 花冠ばかり作られても、緑の精霊様が困るだろうからね。


「ユリウスはよく花冠の作り方を知っていたね」

「クローバーを育てると決めたときに色々と調べましたからね。クローバー畑が完成したら、ファビエンヌとロザリアに花冠をプレゼントしようと思っていたのですよ」


 もちろんそんなこと調べてなどいない。嘘も方便というやつである。だが、ファビエンヌとロザリアに花冠をプレゼントしようと思ったのは本当だぞ。ユリウス、ウソつかない。


「おや、ダニエラにはプレゼントしてくれないのかい?」

「キュ、キュ!」

「も、もちろんダニエラお義姉様とミラにもプレゼントするつもりでしたよ? お母様にもね。やだなー」


 ユリウス、ウソつかない。

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