第627話 禁断の果実

 無事にゴブリンは討伐されたようである。騎士がお父様に報告を終えると、再び先へと進みだした。

 ロザリアはまだ警戒しているみたいだな。お父様にベッタリだ。お父様もさぞうれしかろう。


 そんなお父様を見て、お母様がちょっとあきれたような笑顔を浮かべていた。一体、どんな顔をしているのか。俺の位置からではよく見えないのが悔やまれる。


「さすがはユリウスね。魔物が近くにいたみたいなのに、まったく動じる様子がなかったわ」

「これでも何度か魔物と戦ったことがありますからね」

「それでもすごいわよ」


 ダニエラお義姉様からほめられた。さっきはちょっとみんな緊張気味だったからね。どうやら久々に遭遇する魔物に警戒していたようである。

 ほめられてむずがゆくなった俺は頭をかきながら視線をさまよわせた。


「ん? あれは?」

「どうかしましたか?」


 俺のつぶやきをファビエンヌが拾ったようだが、その反応を見る余裕がなかった。だって視線の先にはカカオの実がなっていたのだから。なんでこんなところにカカオがあるのだろうか。この世界のカカオは寒い地域でも育つのか?


 思わず鑑定してみたが、間違いなくカカオの実だった。よく見ると、この辺りにはいくつも実がなっているようである。全然、気がつかなかった。

 どうやら俺も、久々の家族との外出に緊張していたようである。


「ユリウス様?」

「ああ、ごめん。ちょっと見覚えのあるものがあってさ」

「あの黄色い実のことですか? 図鑑では見たことがないですが、あれも魔法薬の素材なのですか?」

「いや、あれは……食べ物の素材、なのかな?」


 魔法薬の素材図鑑には載っていなかったはずである。ファビエンヌも見覚えがないみたいだし、間違いはなさそうだ。


 植物図鑑にも載っていなかったけど、もしかすると食物図鑑には載っているのかな? そんな図鑑があるのかどうかは分からないけど。

 チョコレート、久しぶりに食べてみたい気がする。ファビエンヌにも食べさせてあげたい。


「お父様、素材を見つけたので、採取してきます」

「もしかしてその黄色い実か? この辺りにはたくさん実っているみたいだが、使い道はないと聞いたことがあるぞ」

「加工するとおいしい食材に変わるという記述をどこかで見たことがあります。それを試してみようかと思いまして」

「大丈夫なんだな?」


 頼むぞ、ユリウス、みたいな顔をしてお父様がこちらを見ている。その隣にいるお母様も、まったく同じ顔をしている。う、両親から信用されてない! 主に俺が原因だけど、そこまで疑わなくてもいいじゃない。


 その一方で、両親の近くにいるロザリアとミラは興味津々といった様子で目を輝かせている。もしかして、甘い物の予感を察知しちゃった? なかなか鋭いな。


「大丈夫……だと思います」

「煮え切らん返事だなー。分かった。許可しよう」


 しぶしぶ、といった様子でお父様が許可をくれた。それはすなわち、何かあってもお父様が責任を取ってくれるということである。よっしゃラッキー! これで俺のやらかしではなくなったぞ。

 許可をもらった俺は、軽い足取りでその実の元へと向かった。


「ユリウスお兄様、なんだかうれしそうですわね」

「キュ」


 アーアー、聞こえない、俺には何も聞こえないぞ。だってしょうがないじゃないか。カカオの実だよ、カカオの実。甘味の王様チョコレートがそこにぶら下がっているんだよ? そりゃ足取りも軽くなるさ。


 この辺りに普通に木が生えているということは、庭でも育てられるということなのだろう。それなら魔境までカカオの実を採取しに行く必要がなくなるぞ。帰ったら、クローバーと共にカカオの実も植えることにしよう。


 なぁに、植物栄養剤を使えばすぐに実のなる木になるさ。この木なんの木カカオの木。ドーピング万歳。さすがは魔法薬。そこがしびれる憧れるッ!


「ユリウス様、そんなに使うのですか?」

「ハッ! 夢中になりすぎてた。このくらいにしておこうかな?」


 グイと袖を引っ張って来たファビエンヌのおかげで正気に戻った。そこには袋一杯にカカオの実を詰め込んだ俺の姿があった。

 心配そうに眉を寄せてこちらを見るファビエンヌ。大丈夫だぞ。俺は正気に戻ったー!


「ユリウス、聞いてもいいかい? それは最終的にどんな風になるのかな? さっき、食材になるって言ってたけど」

「これを加工すると、チョコレートと呼ばれる甘いお菓子になるのですよ。確か」


 怪しまれないように予防線を張っておく。俺が思いついたんじゃないですよ、どこかの美食屋が書いた本を読んで身につけた知識ですからね、アピールである。

 疑うように少し目を細めたアレックスお兄様。その隣にいるダニエラお義姉様が首をかしげている。


 まずい、世界中の食に詳しいと思われる、王族のお姫様がいるんだった! あれは”そんなものあったかしら”という、疑いを持った首のかしげ方だ。そしてアレックスお兄様も”聞いたことないんだけど”と疑っている様子である。どうしよう。


「甘いお菓子! ユリウスお兄様、私、そのチョコレートを食べてみたいですわ!」

「キュ、キュ!」

「そうだよね、ロザリアもミラも食べて見たいよね? 帰ったらさっそく料理長にチョコレートを作ってもらおう。ファビエンヌもネロも食べたいよね?」


 よくやったぞ、ロザリア、ミラ! この流れに乗れば、これ以上つっこまれることなく、うやむやにすることができるかもしれない。

 そして俺はたたみかけるように、頼れるファビエンヌとネロに視線を向けた。


 いい加減に俺のやり方に慣れてきたであろうファビエンヌとネロは、俺を裏切ることなくこのビッグウェーブに乗ってきてくれた。


「私もそのチョコレートという物を食べてみたいですわ」

「この話を聞いたら、リーリエもきっと喜んでくれると思います」

「そうだよね。完成したら精霊様たちにもお供えしよう。ドライフルーツが好きなくらいだから、絶対に喜んでくれると思うよ」


 精霊様の話を出せば間違いないだろう。チラリとアレックスお兄様の様子を盗み見ると、観念したかのように苦笑いを浮かべていた。

 よし、なんとか乗り切ったぞ。

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