第626話 クローバーの苗、ゲットだぜ!

 夜に行われた”第三回ユリウスリサイタル”はみんなの安らぎの笑顔をもって、無事に終了した。フィナーレを飾る曲は眠りを誘うような、優しい調べにしてあったので、ファビエンヌの膝の上にいたミラは半分、眠りかけていた。


「ああ、私も蓄音機を持って来ておけばよかったですわ」

「ふふふ、今度、ロザリアの蓄音機から記憶させてもらうといいよ。簡単に新しい曲を記憶させることができるのが蓄音機の売りの一つだからね」

「そうなると、ますますユリウス様が開発した蓄音機がすごい発明であることを実感しますわね。好きな曲を記憶できて、さらには他の蓄音機からも曲をいただくことができるのですもの」


 ほほに手を置き、少しうつろな瞳でそう言ったファビエンヌは、あきれたような、うっとりするような顔をしている。蓄音機を気に入ってくれたのは間違いなさそうではあるが、性能の高さにはあきれているのかもしれない。


「もしかして、蓄音機の注文が殺到したりするのかな? そうなりそうなら、よその魔道具工房にも協力を求めることになるかもしれないな」

「ありえそうな話ですわ」


 ハイネ商会の収入は減るが、急激に膨らんだ需要には応えることができるようになるはずだ。そこはアレックスお兄様とダニエラお義姉様の胸三寸だな。俺は黙っておこう。


 少しファビエンヌと話をしたところで、明日に備えて寝ることになった。きっと今ごろ、家族みんなも、ハイネ辺境伯家で働いているみんなも、心地よい眠りについていることだろう。そうだったらいいな。




 翌日、近場の魔境へと出発した。馬車はアレックスお兄様が開発した、最新式の馬車であり、それを引く馬は競馬によって鍛えられた優秀な馬たちである。

 そんなわけで、思ったよりも早く魔境へと到着した。さすがにここからは歩きである。


「みんな、準備はいいな」


 お父様の確認に、それぞれが問題ないと答えている。今日の俺は、以前に買ってもらった刀を腰に差している。これは”今日の俺は魔法を使わないぞ”という意思の表れである。

 つい最近、魔法でやらかしたばかりだからね。同じ失敗は二度と繰り返さないのだ。


 まあ、ライオネルを含めた護衛たちもたくさんいることだし、護身用である。俺が刀を振るうことはないだろう。

 魔境の森と言っても、今回訪れた場所は危険度が一番低い魔境だ。魔物が現れてもゴブリンくらいだろう。あとはフォレストウルフくらいかな?


 もちろんどちらも大群でなければ、騎士たちの相手ではない。みんなフルプレートで固めているからね。ご苦労さまです。


「お、さっそく見つけたぞ。ネロ、麻袋の準備をお願い」

「かしこまりました」


 森に入ってすぐに目的としていたクローバーを見つけた。『移植』スキルを使って、株ごと採取する。まずは一つ。できれば百株くらい欲しいところである。さすがに怒られるかな?


「器用だな、ユリウス」

「庭師たちから教えていただきましたからね」


 感心した様子で声をかけてきたお父様に笑顔で答える。もちろんウソである。

 貴族の子供が生まれながらに植物を育てる知識を持っていたら、それはそれで大問題だろう。いわゆる、”優しいウソ”というやつである。決して保身のためではないのだ。決して。


「ユリウス様、私にも教えていただけませんか?」

「ユリウス様、私にも教えていただきたいです」

「それは構わないけど、汚れるし、あんまり面白くないかもよ?」


 ファビエンヌとネロが教えてほしいと頼んできた。一応、予防線を張っておいたが、二人の決意は固いみたいだった。それなら教えるのもやぶさかではないな。

 その後は二人に教えながら、クローバーの苗を回収していった。


 その間に他のみんなは森の空気を楽しんでいるようだった。魔境の森の空気はおいしいもんね。やっぱり魔力が含まれているからなのだろうか?

 あまり魔境へ足を踏み入れたことのないロザリアはお父様の後ろに隠れつつも、目を輝かせて周囲を見ていた。


 ミラはと言うと、気兼ねなく走れ回れるとだけあって、あちこちを探検しているようだ。

 周囲に魔物の気配がないからいいけど、心配ではある。何かあったら、お兄ちゃんが守ってあげるからね。


 この魔境の森にはちょっとした名所となっているお花畑がある。今日はそこまで行く予定になっていた。


「ユリウス、ずいぶんとたくさんクローバーの苗を集めるんだね」

「クローバー畑を作ることになってますからね。種が採れればそれでもよかったのですが、さすがにそれは難しそうだったので、自分で育てたものから種を採ることにしました」


 採取したクローバーの苗は騎士たちに持ってもらっているが、そのぶんだけ騎士の手が塞がることになる。アレックスお兄様はそれを心配しているようである。

 こんなときにマジックバッグがあればよかったんだけどな。収納魔法とかでもいいけど。でもそれをやっちゃうと、さすがにまずいことくらいは俺でも分かる。


「キュ、キュ!」

「ん? 魔物が近くに寄ってきたね。ライオネル」

「ハッ、すぐに対処いたします!」


 ミラが何かに反応した。俺の『探索』スキルにも魔物の反応がある。魔物は三体で動きも遅い。たぶん、ゴブリンだな。念のためライオネルに声をかけると、どうやら気がついていたようである。


 ロザリアを刺激しないようにするためか、ササッと騎士たちが魔物がいる方向へと駆けて行った。優秀だな、ウチの騎士たち。ミラも警戒して、ロザリアの近くで四肢を広げて攻撃態勢を取っている。


 ミラが戦っているところを見たことがないんだけど、どうやって戦うのかな? まさかかわいいお口でかみついたりしないよね。

 心配になった俺は、警戒するミラをそっと抱き寄せるのであった。ミラはまだ戦わなくていいからね~?

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