第625話 ロザリアの成長

 ミラをブラッシングしてからダイニングルームへと戻って来ると、そこにはお母様の姿があった。お父様はまだみたいだな。もしかして、今日は昼食を食べにダイニングルームへ来ないのかな?


「よくできてるわね、ロザリア。これならマックスも喜ぶわよ。マックスにダイニングルームへ来るように言ってもらえるかしら?」

「かしこまりました、奥様」


 一礼してから使用人が出て行った。これでお父様がここへやって来るのも時間の問題だな。お母様はロザリアの意をくみ取ってお父様を呼んだのだろう。ロザリアも早くお父様に自分の作った蓄音機を見せたいだろうからね。


 そうこうしているうちに、急ぎ足でお父様がダイニングルームへとやって来た。おそらく使用人から話を聞いたのだろう。足音もなんだか軽やかである。

 どうやらアレックスお兄様とダニエラお義姉様は、ハイネ商会で食事を取るみたいだな。明日の遠足に向けて、仕事を調整しているのだろう。


「待たせてしまったかな?」

「お父様! 頼まれていた魔道具ができあがりましたわ。これがお父様のために作った蓄音機ですわ」


 得意気な顔をしたロザリアが、お父様のところへ蓄音機を運んでいった。それを見たお父様は満面の笑みを浮かべている。もしかしなくても、俺が作ったときよりも、うれしそうな顔をしているのではなかろうか。

 本当はお父様もロザリアに作ってほしかったのか。それならそうと言えばよかったのに。


 べ、別に寂しいとか思ってないんだからねっ!

 そんな心の声がもれていたのか、ファビエンヌが俺の手をギュウッと握りしめてきた。

 大丈夫、俺にはファビエンヌがいるからね。俺もファビエンヌの手を握り返した。


「素晴らしいな。まさしく注文通りの蓄音機だよ。ありがとう、ロザリア。これは自慢しなければならないな。ロザリアも成長したものだ。このような装飾もできるようになっていたとはな」


 お父様は実に感慨深そうである。これまでのロザリアはどちらかと言えば、かわいい系の模様が多かったからね。それが今では、お父様の手元にあるような、スタイリッシュな模様も描けるようになっているのだ。


 これからのロザリアはかわいい系だけでなく、かっこいい系の魔道具も作れるようになったのだ。これは大きな成長だぞ。なんといっても、表現の幅が広がることになるからね。

 今後のロザリアの魔道具師としての成長がますます楽しみだ。


 ひとしきり蓄音機を眺めたお父様は、そのままスイッチを入れる。ダイニングルームに軽やかな音楽が流れ始めた。うん、やっぱり音楽は偉大だな。

 みんなの蓄音機もそろったことだし、ファビエンヌも今日は泊まることになっているし、今夜は第三回ユリウスリサイタルでも開催しようかな?


「お父様、今晩にでも、以前頼まれていた”家族みんなの思い出の曲”を演奏して、みんなの蓄音機に記憶させるのはどうでしょうか? ファビエンヌも聞きたがっていましたからね」

「おお、それはいいな。それでは夕食のあとにでも、みんなに集まってもらうとしよう」

「お兄様の演奏! また聞きたいですわ」

「キュ!」


 お父様も乗り気のようである。ロザリアとミラもうれしそうだ。二人も俺の演奏を気に入ってくれたようである。


「またユリウス様の演奏が聴けるだなんて、うれしいですわ」

「そう言えばファビエンヌちゃんは以前にユリウスの演奏を聴いたことがあるんだったわね。お母様も楽しみよ」


 明日の遠足に向けて、心地よい眠りを提供できるような演奏にしないといけないな。曲順を間違えないようにしないと。間違っても、フィナーレの曲に元気が出るような曲を選んではいけない。


 その後、運ばれて来た昼食をみんなで楽しく食べる。新鮮なサラダに、とろりと濃厚なカボチャのスープ。それにフカフカの白パンだ。焼きたてなのでとてもおいしい。それに溶けかかったバターをつけて食べると絶品である。


 昼食を堪能したあとは勉強の時間である。ネロも一緒に、三人で肩を並べて机の前に座る。もちろんミラはエスケープした。

 勉強の時間が退屈であることはすでに学習ずみ。今ごろロザリアのところへ行っていることだろう。


 一ヶ月分の遅れを取り戻すためなのか、いつもよりハイペースで授業が進んでいく。ファビエンヌとネロが無言で集中している中で、俺はそうでもなかった。なぜなら、俺にとってはどれも簡単だったからだ。


 さすがにこの国の歴史の授業となると頑張らなければならないけど、計算や、言語のことならある程度は分かるんだよね。そんなわけで、俺は二人の邪魔をしないように、今晩のリサイタルのことを考えるのであった。


「ユリウス様は余裕がありますわね。さすがですわ」

「人には得意、不得意があるからね。深く気にしちゃダメだよ」


 授業の休憩時間、ちょっとお疲れ気味のファビエンヌにドライフルーツを提供する。もちろん、ネロにも食べさせている。頭が疲れたときには甘い物が一番だからね。

 この世界にチョコレートがあったらそれを食べさせるんだけど、残念ながらないんだよね。


 そう思うと、なんだが無性にチョコレートが食べたくなってきた。素材さえあれば『料理』スキルを使って作ることができるんだけど、まだ素材となる”カカオの実”を見たことがないんだよね。この大陸では採れないのかな? それとも、もっと南の方へ行けばいいのだろうか。


 いや、待てよ。そもそも、素材として認知されていない可能性もあるぞ。それならその辺りの森の中に生えている可能性もあるのか。明日の遠足のときに探してみようかな? もしかすると、思ったよりも身近なところにあるかもしれない。

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