第624話 楽しい遠足

「そうでした。近いうちに、魔物が出る森に、みんなでクローバー採取に行くことになっているのですが、アレックスお兄様とダニエラお義姉様はどうしますか?」

「ロザリアも行くんだよね?」

「はい。ロザリアも、お父様もお母様も一緒に行きます」


 うーんと腕を組んで考え始めたお兄様だったが、それもほんの少しの間だけだった。ダニエラお義姉様と目を合わせると、お互いにうなずく。


「私たちも一緒に行くよ。魔物が出ると言っても、強力な魔物は出ないんだろう?」

「もちろんです。仮にそんな場所だったら、行かせてもらえませんよ」

「それなら問題ないよ。こう見えても、私もダニエラも、学生時代には魔物の出る森で実地訓練をしたことがあるからね」

「久しぶりに思いっきり動くのもいいかもしれませんわね」


 ダニエラお義姉様が軽やかに笑った。

 その様子からして、よほど強力な魔物でもない限り、問題なく倒せそうな印象を受けた。これなら一緒に行っても問題ないかな? ライオネルの胃が痛くなるかもしれないけど。


 そのままアレックスお兄様とダニエラお義姉様と話をしていると、ダイニングルームへ続々とみんなが集まってきた。今日のミラはダニエラお義姉様の膝の上に座ることにしたようだ。トットットと、ダニエラお義姉様のところへと駆けていった。


 夕食が運ばれてきた。今日の夕食は牛肉の赤ワイン煮である。料理長が作るこの料理は絶品なんだよね。口の中に入れると、かまずとも肉がホロホロと崩れて溶けてなくなるのだ。どれだけ煮込んだらこうなるんだよ。


 そんなおいしい料理を食べながら、魔境に行く話を持ち出した。食事中にする話ではないかもしれないが、色々とあとが詰まっているのだ。

 ホーリークローバーが採取できるようになるまでには、どのくらい時間が必要になるのか分からない。現段階での死活問題と言っても過言ではないだろう。いや、過言か。俺が早く”聖なるしずく”を作ってみたいだけである。


「お父様、クローバー畑の下準備がそろそろ整いますので、クローバーの苗を採取に行きたいのですが、いつなら都合がよさそうですか?」

「おお、そうだったな。それでは、明日の午後から行くとするか」


 どうやら最短で明日の午後のようである。でも明日の午後は授業があるんだよなー。どうしよう。今から先生に午前中にして下さいって言っても間に合うかな?

 アレックスお兄様とダニエラお義姉様は何やらヒソヒソと話し合っている。こちらも調整中のようである。


「明日の午後は授業がある予定なのですが、今から午前中にしてほしいと連絡しても大丈夫でしょうか?」

「そう言えばそうだったわね。それじゃ、明日はムリかしら?」


 お母様が首をかしげているが、お母様も急な話だと思っているようで、お父様の提案には賛成しなかった。みんなの様子を見て、フム、とお父様がつぶやいた。


「それではあさっての午前中に行くことにしよう。それならどうだ?」

「それでしたら問題ありません」

「そうね、そうしましょうか。みんな準備があるものね」

「私たちも問題ありませんよ」


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様がみんなにうなずきを返している。お父様とお母様の目が一瞬、大きくなったが、すぐに柔らかい笑顔になった。


「おや、アレックスもダニエラ様も一緒にくるのか。これは楽しい遠足になりそうだな」

「遠足、遠足!」

「キュ、キュ!」


 ロザリアとミラは大喜びだ。そう言えば、みんなでどこかに行く機会ってあんまりなかったよね。カインお兄様とミーカお義姉様がいないのは残念だけど、それは夏休みに二人がハイネ辺境伯家へ帰ってきたときの楽しみに取っておこう。


 翌日、ファビエンヌをハイネ辺境伯家へお迎えしてから、明日の午前中にクローバー採取に行くことを告げる。


「分かりましたわ。それなら、今日はこちらへ泊まった方がよろしいかもしれませんわね」

「それもそうだね。お父様とお母様に聞いてくるよ」

「それでは私は家に手紙を書く準備をしておきますわ」


 そうしてファビエンヌが我が家に泊まる話が決まり、ライオネルにも明日の午前中に行くことが決まったことを話しておいた。

 ライオネルたちも問題ないみたいで、しっかりと準備をしてくれるようだ。ダニエラお義姉様が一緒なので、護衛の人数を増やすらしい。万が一のことがあってはならないからね。


 アンベール男爵家への手紙も送り終わり、あっという間に昼食の時間になってしまった。

 午前中はあまり作業ができなかったな。午後からは授業だし、今日はゆっくりと過ごすことにしようかな?


 ダイニングルームへ向かうと、そこにはすでにロザリアの姿があった。テーブルの上には蓄音機が置かれている。あれは間違いなく、お父様専用の蓄音機だな。完成までには多少、時間がかかったみたいだが、丁寧に仕上げてあるのが、俺の目からでも分かる。


「完成したみたいだね。これなら絶対、お父様が喜んでくれるよ。よくできてるからね。俺が作った物よりも、よくできているじゃないかな?」

「ありがとうございます! でも、まだまだお兄様にはおよびませんわ」


 笑顔をこちらへ向けるロザリアの姿は、なんだか誇らしげであった。俺に褒められてうれしいのだろう。いつも褒めているつもりだったが、まだまだ足りなかったみたいだな。

 俺の方針は褒めて伸ばすである。これからもたくさんロザリアを褒めないといけないな。


「ミラも一緒に頑張ってくれたんだよね? よくやったぞ」

「キュ!」


 ミラも誇らしげである。おそらくずっとロザリアの隣で応援していたのだろう。毛に金属のクズがついている。俺はソッとミラを抱きかかえて工作室へ行くと、常備してある動物用ブラシでミラをブラッシングしておいた。

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