第620話 かっこいい蓄音機を頼む

 国王陛下と王妃殿下の蓄音機に俺の演奏した曲が入れられることに、ちょっと釈然としない気持ちになりながらも朝食を再開すると、今度はロザリアが蓄音機の報告を始めた。


「アレックスお兄様の蓄音機も完成しておりますわ。朝食が終わったらすぐに持ってきますね」

「もうできたのかい? ありがとう、ロザリア。すごく楽しみだよ。さっそく商会に持って行って、みんなに自慢しないといけないな」


 アレックスお兄様の言葉にロザリアもニッコリである。喜んでもらえてよかったね、ロザリア。これで無事にロザリアも、お母様とアレックスお兄様の蓄音機を完成させることになった。

 それは大変、喜ばしいことなのだが、そうなるとロザリアが手持ち無沙汰になってしまうな。そうだ。


「ロザリア、お父様の蓄音機も作ってもらえないかな? ちょっと今、忙しくてさ。このままだと、お父様を待たせることになってしまいそうなんだよ」

「えっと、それは……」


 チラチラとお父様を見るロザリア。自分が作ってもいいのかと気にしているようである。

 心配する必要はないと思うよ? お父様も、心の中ではロザリアから作ってもらいたいと思っているだろうからね。


「ユリウスは魔法薬も作らなければならないからな。ロザリア、ユリウスの代わりにお願いできないかな?」

「お任せあれ!」


 ニパッと笑顔を浮かべるロザリア。もう一つ蓄音機を作れるようになって、とてもうれしそうである。それならダニエラお義姉様の蓄音機も一緒にお願いした方がいいかな? いや、さすがにそれはよくないか。


 王妃殿下の蓄音機は完成したことだし、俺も新しい蓄音機作りに取りかかれるからね。なんでもかんでもロザリアにお任せするのは、兄としての体面に関わる。俺にだって、ロザリアの頼れる兄でありたいという気持ちはあるのだ。


「ロザリア、王妃殿下の蓄音機に、ロザリアの蓄音機から曲を記憶させておいてもらえないかな?」

「分かりましたわ。その間にお父様の蓄音機の図案を考えておきます」


 曲の録音中は作業ができないからね。その判断は正しいと思う。今日の午前中はロザリアの勉強の時間だったはずだし、録音するにはちょうどよい時間帯だろう。


「俺が考えていた図案があるから、一応、渡しておくよ。何かの役に立つかもしれないからね」

「ロザリア、かっこいい蓄音機にしておくれ。私もみんなに自慢したいからな」

「もちろんですわ!」


 俺の意図に気がついたお父様が、笑顔でロザリアに頼んでいる。ロザリアは基本的にかわいい物が好きだからね。そのため、描かれる図案も動物などのかわいい物が多い。アレックスお兄様の蓄音機にも、かわいい動物たちが見え隠れしているのだ。アレックスお兄様は気にしていないようだけどね。


 朝食を終えた俺は少し運動をしてからファビエンヌを迎えに行った。あんまり早くアンベール男爵家を訪ねるのはよくないだろう。朝はどこの家庭も忙しいのだ。少し遅めに訪ねることは、昨日のうちにファビエンヌにも話してある。そのため、特に問題もなくファビエンヌをハイネ辺境伯家へお招きすることができた。


「今日は午前中にクローバー畑の様子を見に行こうと思っているよ。もちろん、みんなも連れてね」

「確かに昨日は、なんだかソワソワと気になっていたみたいでしたものね。これからも協力してもらうことですし、よい考えだと思いますわ」


 調合室にたどり着くと、さっそくみんなをクローバー畑へと誘った。もちろん、昨日のうちに完成していたドンドンノビール二号を全部持って行く。クローバー畑は広いのだ。一日ですべての範囲にドンドンノビール二号をまくのはちょっと大変な作業になりそうだからね。


「ここがクローバー畑ですか。まさかもう土が耕されているとは思いませんでしたよ」

「ずいぶんと広いですわね。それだけ、ホーリークローバーの入手が難しいということなのですね」


 みんなが真剣な顔つきで分析している。その通りだと思う。なぜならおばあ様から継承した魔法薬の本に、ホーリークローバーを使った魔法薬が存在しなかったからである。使い方が分からなかったのか、それとも、ホーリークローバーを発見できなかったのか。

 俺はひそかに後者なのではないかと思っている。森でも見かけなかったからね。


「あの辺りが昨日、ドンドンノビール二号をまいたところになります」


 みんなに説明していると、先に様子を見に行っていたファビエンヌが小走りでこちらへと向かって来た。その顔はどこかうれしそうである。


「ユリウス様、ちゃんと魔力を含んだ土に変わっているようですわよ」

「どれどれ……本当だ。どうやら第一段階は成功したみたいだね。そうなると、早くクローバーの苗を植えたいところだね。ライオネルに催促してみるか」


 昨日、ドンドンノビール二号をまいた場所だけ、明らかに土の色が違っている。なんというか、腐葉土のような色をしているのだ。もちろんこの場所には腐葉土をまいていない。

 そんな土をみんなが手に取って確認していた。


「確かに魔力を帯びているように感じますね。ほんのちょっとですけど。もっと魔力を含ませた方が、ホーリークローバーをたくさん育てることができるのではないですか?」

「その可能性はあるとは思いますが、魔境になるのではないかと危惧しているのですよ」

「魔境に……確かに魔境は他よりも魔力がよどんでいる場所にあるというのが定説になっていますね」

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