第621話 沼
みんながううむと腕を組んで考え始めた。人工的に魔境を作ることができるのか? そう考えているのだろう。もしそれができるようならば、大問題になることは間違いない。
だが俺の考えでは、魔境になるには地中深くまで魔力に満ちる必要があると思っている。
そのため、いくら地表を魔力で満たしても魔境にはならないはずだ。それでも土に与える魔力を少なくしているのは、これ以上、問題を起こさないためである。
高濃度の魔力の含まれた土地を作れば、何が起こるか分からない。魔境の奥地でしか採取できない素材が庭で簡単に手に入るようになれば、大騒ぎになることだろう。
少なくとも、冒険者たちからは非難されるだろうな。俺たちの仕事を取るなってね。冒険者を敵に回すのは、明らかに悪手だ。なぜならハイネ辺境伯家にとって冒険者たちはズッ友なのだから。
クローバー畑予定地にみんなでドンドンノビール二号を散布してから屋敷へと戻ってきた。色々あって、時刻は昼食の時間になろうとしていた。
服装を整えてダイニングルームで時間が来るのを待っていると、ヘロヘロになったロザリアがリーリエと一緒にやってきた。
どうやら午前中はみっちりと授業があったようである。あの感じだと、工作室に行く時間はほとんどなかったのだろうな。ミラが一緒でないところを見ると、ミラはお母様のところへと行っていたみたいだ。授業中は暇だもんね。
「ファビエンヌ、明日は午後から授業があるから、そのつもりでね」
「分かりましたわ。一ヶ月ほど留守にしていたので、遅れを取り戻すことになるかもしれませんわね」
「そうだね……」
眉を下げて苦笑するファビエンヌ。たぶん、今の俺の顔も同じようになっているだろう。あ、ネロも同じような顔をしているな。ネロも一緒に授業を受けるからね。そんな顔にもなるか。
「あら、なんだか困った顔をしてるわね。どうしたのかしら?」
「キュ?」
ダイニングルームへやってきたお母様が、ミラと一緒に首をかしげている。お母様に抱かれているミラは尻尾フリフリでご満悦である。ずいぶんとかわいがってもらっているようである。
俺が先ほどの話をお母様にすると、お母様が困ったような顔をしていた。
「そう言わないの。先生だって、意地悪でやっているわけじゃないのだから。ユリウスとファビエンヌちゃんに、立派な貴族になってもらいたいと思っているのよ。もちろん、ネロちゃんもね。立派な従者になって、二人を支えてもらわないといけないわ」
「もったいないお言葉です」
お母様の励ましに感激するネロ。お母様は本当に人心の掌握が上手だよね。俺もまねして見習わなくてはいけないな。
そう思ったのは俺だけではなかったようで、ファビエンヌも真剣な表情でお母様を見つめていた。
ロザリアは……まだ魂が抜けてるな。早くシャキッとしないと、お母様に怒られることになるぞ。
結局ロザリアは昼食が運ばれて来るまで魂が抜けたままだった。
「ユリウス、午後から蓄音機を王都へと送る予定になっているわ。準備をしていてちょうだい」
「分かりました。すぐに準備をしておきます」
昼食を終えてから工作室へと向かう。もちろん、ロザリアとミラも一緒である。昼食で復活したロザリアは、念願の魔道具作りをできるとあって、スキップしそうな勢いだった。
そんなにか。
もしかすると俺は、とんでもない趣味をロザリアに与えてしまったのかもしれない。まさかロザリアがここまで魔道具作りにハマるとは思わなかった。
それを言うと、ファビエンヌも魔法薬作りの沼につからせてしまったのも俺なんだよね。罪深い男である。
工作室に到着すると、念のため王妃殿下の蓄音機に記憶されている曲を確認する。万が一、粗相があってはいけないからね。
うん、問題はないようだな。それを確認してから、木箱の中に慎重に蓄音機を入れた。もちろんスキマには緩衝材を入れている。
これで準備はオッケーだ。あとは無事に王都へ届くことを願うばかりである。
「ユリウス様のお作りになった蓄音機なら、きっとよろこんでもらえますよ」
「そうだとうれしいな。みんなへの蓄音機作りが一段落すれば、持ち運びが便利なように改良した蓄音機を作ろうかと考えているよ」
「改良した蓄音機!」
ロザリアが敏感に反応した。その目はすでに輝いている。やる気だ。だがその前に、少なくともお父様の蓄音機は完成させてほしい。恐らくお母様がお父様に、自分の蓄音機を自慢しているだろうからね。ずっと”ぐぬぬ”状態になっていると思う。
そこからは一端、改良型蓄音機作りは置いておいて、ダニエラお義姉様の蓄音機作りに取りかかった。その間、ファビエンヌは調合室で魔法薬作りにいそしむようである。
こんなことなら、調合室の隣に工作室を作るべきだったな。
同じ屋根の下にいるのに、離れ離れになっているようでつらい。ちなみにミラはファビエンヌについて行ったようである。本当に自由人だな、ミラは。
ロザリアはお父様にプレゼントする蓄音機の図案に苦戦しているようである。お父様からは”かっこいい蓄音機にしてほしい”と言われているからね。お父様が言う”かっこいい”がなんたるか、悩んでいるのだろう。
これはなかなかいい展開だぞ。魔道具作りに欠かせないことの一つが、使う人の身になって考えること。ただ便利なだけの魔道具では、もてはやされることはあっても、すぐに廃れてしまうことになるだろう。
それは魔法薬でも同じだ。いくら効果が高くても、ゲロマズだったら使う人がいなくなるのだ。たとえ効果が低くても、飲みやすければ、これから先の時代でもずっと使ってもらうことができる。
それじゃ俺は、ダニエラお義姉様のために、エレガントな蓄音機を作らなければならないな。だれに自慢しても恥ずかしくないような図案にするぞ。
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