第619話 人の振り見て

 よし、まずは王妃殿下の蓄音機を作ろう。これが完成しなければ、王都へ蓄音機を送ることができないからね。外装は王妃殿下の好きな花と動物をあしらうことにしている。事前にダニエラお義姉様から王妃殿下の好みを聞いておいてよかった。


 俺が内部構造を作っている間に、ロザリアが作っていた蓄音機は完成したようである。今はロザリアの蓄音機から、アレックスお兄様の蓄音機へと曲の録音を行っていた。

 その間はなるべく静かにしておかないといけない。ガンガンと板金するわけにはいかないので、ロザリアは少し離れた場所にあるテーブルでお茶を飲んでいた。


 そろそろ俺も休憩にしよう。ロザリアにちょっとファビエンヌの様子を見に行くことを告げて部屋を出た。


「なんとか今日中に王妃殿下の蓄音機を完成させたいな」

「それでは、ユリウス様が夕食を食べている間に、必要な道具類をお部屋へ運んでおきます」

「よろしく頼むよ、ネロ」


 自分の部屋に防音の魔法を使えば、寝るまでの間にガンガンとやっていても怒られないのだ。これを工作室でやってると、ロザリアが工作室へやって来る恐れがあるからね。そうなれば、”夜も魔道具を作ってもいいんだ”という誤解をロザリアに与えてしまう。そしてその結果、怒られるのは俺である。


「ファビエンヌ、調子はどうかな?」


 調合室でファビエンヌに声をかけ、そのままお茶の時間に誘った。一緒に魔法薬師たちも誘う。みんなも休まずに仕事をするタイプだからね。ハイネ商会で働いている親方たちと同じように。だからこそ、積極的にお茶の時間に誘わなければならないのだ。


「ドンドンノビール二号の作成にも慣れてきましたわ。みなさんにも作り方を教えて、作ってもらっていますので、あと三日後くらいにはクローバー畑全面に与えられる量のドンドンノビール二号が確保できると思います」

「ありがとう、ファビエンヌ。みなさんもありがとうございます」

「とんでもありませんよ。こちらこそ、新しい魔法薬を作る機会を与えてくれて、ありがとうございます」


 みんながそろって頭を下げた。この場にいるみんななら、信頼しても大丈夫だ。そう思い、もう一度、俺が何を作ろうかとしてるのかを話した。そして改めて助力を求める。

 俺の話を聞いたみんなは顔を引き締めて引き受けてくれた。


「ホーリークローバーが必要になるのは間違いないでしょうね。そうなると当然、ドンドンノビール二号も必要になります。これは早いところ、ジョバンニ様に報告しておいた方がいいのではないでしょうか?」

「そうしたいのは山々なのですが、まだ一本もホーリークローバーを採取できていないんですよね。できれば栽培方法を確立してから報告したいと思ってます。もちろん、”聖なるしずく”の作り方と一緒にです」


 それもそうかと、みんながうなずき合っている。理論的には問題なくホーリークローバーを栽培できるとは思うんだけど、失敗する可能性はゼロではない。ジョバンニ様や国に報告したあとで、”やっぱりダメでした”とはさすがに言えないだろう。


「分かりました。それでは我々は引き続き、ドンドンノビール二号の作成に取りかかろうかと思います」

「通常業務に支障のない程度でお願いします。間違っても、夜遅くまで作業することのないようにして下さいね」


 自分のことは棚に上げ、注意をしておく。みんなならやりかねないからね。もちろん、ファビエンヌもである。アンベール男爵家に帰ってからはゆっくりと休むように、しっかりと言い聞かせておく。


 そんな俺の様子を見て、ネロが口を真一文字に結んでいた。言われなくても分かってるよ。ユリウス様も人のこと言えませんよ、と言いたいのだろう。

 これ以上、ネロに心配をさせないように、徹夜での作業はやめておくことにしよう。


 再び工作室へ戻ってきた俺は残りの作業を開始する。蓄音機の内部構造を完成させ、外装の半分を作り終えたところで、ファビエンヌをアンベール男爵家へと送り届けた。


 ファビエンヌはまだ作りたそうにしていたけど、今回は我慢してもらった。さすがに初日からファビエンヌを泊めるわけにはいかないからね。アンベール男爵家へ連れて帰ると言った手前、ファビエンヌを泊めるようなことになれば俺の信頼がガタ落ちである。


 無事にファビエンヌを送り届けた俺は、その日のうちに王妃殿下へ献上する蓄音機を完成させて眠りについた。夜はだれもいないことをいいことに全力で作ったので、日付を越える前には眠りにつくことができた。




 翌朝、朝食の席で、国王陛下と王妃殿下の蓄音機が完成したことをダニエラお義姉様に話した。

 蓄音機を無事に作り終えたのはいいが、問題は中に入れる曲である。


「ダニエラお義姉様、蓄音機に記憶させる曲は、王都で活動してる楽団にお任せしてもよろしいですか?」

「あら、ユリウスが演奏した曲ではダメなのかしら?」

「さすがに音楽家でもない私の演奏を国王陛下と王妃殿下の蓄音機に入れるのはよくないのではないですかね?」


 首をかしげる俺に、ダニエラお義姉様も首をかしげている。言いたいことは分かるけど、俺、音楽家を名乗った覚えはないからね。ちょっとピアノの演奏が上手な男の子なだけなのだ。まあ、ピアノ以外の楽器も問題なく演奏することができるんだけどね。


「それでは、見本としてユリウスが演奏した曲を入れておきましょう。それなら何も問題はありませんわ」


 そうなのかな? なんだか問題になりそうで怖いのだが、これ以上、意見するのも違うような気がする。そんなわけで、国王陛下と王妃殿下の蓄音機にも、ロザリアの蓄音機に入っている楽曲と同じ物を記憶させておくことになった。

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