第616話 第二回ユリウスリサイタル

 俺たちが今集まっているハイネ辺境伯家で一番格式が高いサロンには、グランドピアノが置いてある。部屋も広く、小さなダンスホールとして使うときもあるくらいだ。実際にこの部屋でダンスの練習をしたときもあるからね。


 グランドピアノの前に座り、楽譜を立てた。『演奏』スキルは高レベルなものを所持しているので、問題なく弾けるだろう。そうなると、どの程度の演奏をするかだな。


 よし、お父様の思い出の曲のようだし、気合いを入れて演奏するとしよう。もしかすると、お母様との思い出の曲かもしれないからね。

 俺はゲームの壮大なオープニング曲を、さらに壮大で荘厳なものになるように演奏した。

 第二回ユリウスリサイタルの開催である。もっとも、この一曲しか演奏しないけどね。


 なんだか懐かしいなぁと思いながら演奏を終える。さすがはオープニングを飾る曲なだけあって、結構、長かった。それでも問題なく演奏できるのだから、『演奏』スキルは大概チートだな。

 ゲーム内じゃ、味方の能力を向上させたり、モンスターの能力を下げたりする効果だったけどね。


「どうでしたかって、えー!」


 演奏が終わってもなんの反応もないなと思ってたら、なんか泣いてるー! ロザリアはその異様な光景に、ミラを力の限り抱きしめているようだ。

 ロザリア、ミラの首が絞まってる!


「ロザリア、ミラが苦しそうだよ!」


 慌ててロザリアからミラを解放した。危なかった。白目をむきかけていた。子供とはいえ、聖竜を締めるとは、ロザリア、恐ろしい子。


「大丈夫か、ミラ。傷は浅いぞ」

「キュ……」

「ご、ごめんなさい、ミラちゃん。私、ビックリしちゃって」

「ロザリアの気持ち、分かるよ」


 三人で抱き合っていると、ようやくみんなが復活し始めたようだ。遅れて拍手が送られてきた。今?


「見事な演奏だったぞ、ユリウス。私たちが聴いたときよりも、何倍も素晴らしかった。ぜひ今の曲を私の蓄音機に入れてもらえないか?」

「私の蓄音機にも入れてほしいわ。あの曲は私とマックスが初めてダンスパーティーで出会ったときに流れていた曲なのよ」

「そうだったのですね。もちろんですよ。お父様とお母様の蓄音機に、今の曲を入れておきますね」


 お互いに肩を並べて涙をふいているお父様とお母様。二人とも弾むような笑顔を浮かべているので、きっとうれし涙なのだと思う。俺が両親を泣かせたみたいにならなくてよかった。


「ユリウス、今の曲、私の蓄音機にも入れてもらえないかな?」

「私のにもお願いしますわ」

「ユリウスお兄様、私のにも入れて下さい!」

「分かりました。それでは全員分の蓄音機が完成したら、そのときに改めて演奏して、記憶させておきますよ」


 こうして第二回ユリウスリサイタルも無事に終わりを迎えることができた。特に怒られることもなかったし、これで問題ないと思う。

 部屋に戻ってきた俺は机の上に突っ伏した。


「なんか、すごい疲れたよ。ファビエンヌもさっきの曲を記憶させたいって言うかな?」

「……間違いなく、そうおっしゃると思いますよ」


 先ほどの俺の演奏を思い出したのか、ネロが涙ぐんでる。なんか、すごい異常な光景に見えるのは俺だけかな? ネロがユリウス信者の枢機卿であることを考慮しても、結構な感動の仕方だと思う。


 これは騎士たちや、魔法薬師たちの前で演奏したら、阿鼻叫喚の地獄絵図になるな。ロザリアが悲鳴をあげて、今度こそミラの首が締め上げられるかもしれない。


「キュ……」

「大丈夫だよ、ミラ。そんなことにはならないからね。でも念のため、俺が演奏するときはロザリアの近くにはいない方がいいかもしれない」

「キュ」


 ロザリアに締め上げられたミラは、今日は俺のベッドで寝ることにしたらしい。ミラは基本的に色んな人の部屋で寝ているからね。ダニエラお義姉様の部屋で一緒に寝るときは一体どうなっているのか、非常に気になる。けしからん。




 翌日、朝食を終えるとすぐにファビエンヌを迎えに行った。手紙は昨日のうちに届いてるだろうし、大丈夫だと思う。

 そして今日は久しぶりにミラに騎乗しての空中散歩だ。やっぱりいいね、この景色。ミラもうれしそうに、まるで弾むかのように空を走っている。


「ユリウス様!」

「おはよう、ファビエンヌ!」


 アンベール男爵家の庭ではすでにファビエンヌが待っていた。空を滑空する俺たちの姿が見えたのだろう。

 庭に着地すると、すぐにアンベール男爵夫妻もやって来た。


「おはようございます。今日からまた、ファビエンヌ嬢をお借りいたします」

「お気になさらずに。昨日からソワソワしておりましたからね。ユリウス様の隣が落ち着くのでしょう」

「お父様」


 か細い声でそう言ったファビエンヌが真っ赤になっている。

 そうだったのか。なんだかとってもうれしいぞ。どうやら俺は、ちゃんとファビエンヌが寄りかかる大樹になれたようである。


「日が暮れる前にはお返ししますので、ご安心下さい」

「よろしくお願いします。ファビエンヌ、しっかりやるんだぞ」

「はい」


 ファビエンヌを前に乗せて、ミラが再び空へと舞い上がった。領都は早くも人々が動き始めていた。それを眼下に、なるべく屋根の上を飛びながらハイネ辺境伯家へと戻って行った。

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