第617話 ドンドンノビール二号

 昨日の夜に急きょ行われたリサイタルの話をすると、ファビエンヌが食いついてきた。そんなに素晴らしい曲なら、私も聴いてみたかったと言っていたので、次に演奏するときには忘れずにファビエンヌを呼ぶことにしよう。もちろんファビエンヌの蓄音機にも記憶させることになった。


 ネロがファビエンヌに俺の演奏の素晴らしさを熱く語っていたからね。さすがの俺も、ミラと同じように苦笑いしてしまったくらいである。お願いだから、あんまり広めないでよね。

 ああ、これは家族みんなに言っておいた方がいいな。


「今日はドンドンノビール二号を開発することにしよう。これが完成しないことには、クローバー畑を作ることができないからね」

「ドンドンノビール二号も肥料として扱うのですか?」

「いや、今度は魔法薬として扱うことにするよ。ちょっと特殊なものになりそうだからね」


 ファビエンヌがうなずいている。それもそうかと思ったようである。俺たちはそろって調合室へと向かった。

 すでに作業中のみんなの邪魔をしないように、奥のあいている作業台を使うことにした。


 人数が増えたのでちょっと手狭になってきたかな? それなら別館にある、おばあ様が使っていた調合室も開放した方がいいかもしれない。いや、別館を俺専用の調合室にしてもらって、そこで新しい魔法薬を開発するのもありか。


「どうかなさいましたか?」

「別館にある調合室を使うかどうか考えていたんだよ。とりあえず今は保留かな」

「今以上に人が増えるのなら、別れた方がよいかもしれませんわね」


 そんなことを話ながら、魔法薬を作るのに必要な素材を集めていく。まずは魔力草。これが今回の魔法薬の肝となる素材だ。あとは成分の保持能力を高めるために、多孔質のトレビの実だな。せっかくの成分が全部地中に流れ出てしまってはあまり意味がないからね。


「まずは単純に薬草成分を使っていた部分を、魔力草成分に置き換えてみよう」

「分かりましたわ」


 ドンドンノビールを作ったときと同じように、加熱処理を施して素材の成分を取り出してから、今回はトレビの実を直接浸した。前回、肥料を利用したときとは違い、今回は混じりっ気なしだ。


「さて、うまくいくかな? ……ありゃ、失敗しちゃった」

「うーん、なんの効果もないみたいですわね」

「え? もしかして、ファビエンヌにも『鑑定』スキルが芽生えちゃった!?」

「そうなのですか?」


 自覚がないのか、首をかしげるファビエンヌ。これは事件だぞ。ファビエンヌが日頃から観察しながら魔法薬を作っていた成果なのだろうが、どうやら『鑑定』スキルを身につけたようである。


「ファビエンヌ、この魔力草をよく見て。どんな品質か分かる?」

「うーん、高品質、でしょうか?」

「正解なんだけど、まだ不安定なようだね。まあ、使っていくうちに慣れてくるよ」


 慣れてくると言ったが、何度も『鑑定』スキルを使うことで、スキルレベルが上がるはずだ。そうなると、もっと色々なことが見えるようになるだろう。これからはファビエンヌのスキル上げも考えながら、魔法薬を作っていかないといけないな。


「さすがに素材が単純すぎたかな? チーゴの実も混ぜてみよう。あと、やっぱり薬草の成分が必要なのかもしれない。隠し味程度に混ぜてみよう」

「効果が強すぎるようでしたら、大ミツバチの蜜を入れるといいと思いますわ」

「よし、それじゃ、大ミツバチの蜜も入れよう」


 そこからは試行錯誤の繰り返しである。何度も試作品を作っていくうちに、だんだんと目標とする魔法薬に近づいてきた。

 結局、トレビの実単体ではうまくいかず、一定量の腐葉土を混ぜることになったが、なんとか完成することができた。


 ドンドンノビール二号:最高品質。大地に魔力を与える。効果(小)。効果持続時間(大)。


「よしよし、ついに最高品質の魔法薬を完成させたぞ。効果も問題なし。これなら一度、畑に散布すれば、一年間は効果が持続しそうだね」

「何度も魔法薬を畑にまかずにすみそうですわね。それにしても、植物栄養剤で必要だったチーゴの実が必要ないとは。予想外でしたわ」

「そうだね。魔力草が魔力成分を持っているから、競合する成分を持っているチーゴの実はいらなかったのかもね」


 何度も失敗したが、新しい発見もたくさんあった。久しぶりにどっぷりと魔法薬についてあれこれ試したので、大満足である。近くに相談できる人がいるのもグッド。これだから魔法薬の作成はやめられないんだよなー。


「さすがはユリウス様とファビエンヌ様ですね。我々も魔法薬の開発を試みたことはありますが、これだけの速度で作ることはできませんでした」

「見ていたのですか? いや、お恥ずかしい。つい、熱中してしまいました」


 どうやら魔法薬師たちが俺たちの作業を見ていたようである。作っては捨て、作っては捨てを繰り返していたからね。何事かと思ったのかもしれない。


「それにしても、ユリウス様は見ただけで失敗作が分かるのですね。うらやましい能力です。我々ももっと精進しなければなりませんね」

「何度も魔法薬を作っていれば、いつか必ず身につきますよ」


 どうやら魔法薬師たちは俺が『鑑定』スキルを持っていることに気がついたみたいだ。しかし、その性能までは分からなかったようである。

 スキルは取得条件がまだよく分かっていないからね。それだけに、研究も進んでいないのかもしれない。

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