第592話 直接頭の中に

 さて困ったぞ。あちらも困っていると思うが、こちらも困っている。まずはドンドンノビールが悪用されないように頼んでおくべきかな? あれを使えば、簡単に果樹園を作ることができるからね。たぶん。


『ユリウス、それは違うぞ。我々精霊の力がなければ、あそこまで木々は生長しない』


 頭の中に響くこの声は森の精霊様だな? まさか頭の中で考えていたことが森の精霊様にも伝わっているだなんて。なんだかすべてが筒抜けになっているようでちょっと嫌な感じがするが、今はありがたい。これで心配事の種が一つなくなったぞ。


 ドンドンノビールの製造方法が他に知れ渡ったとしても、今回ほどの効果はないということになる。恐らく、少し生長が早くなる程度にとどまることだろう。

 そうなると、精霊様の後押しがなければ、王城の庭の御神木は誕生しなかったというわけか。


 ……誕生しなくてよかったんですけど? まあでも、考え方によってはあの御神木の誕生によってドンドンノビールの性能をみんなが認めることになったわけだし、よかったということにしておこう。


『精霊様たちは何か欲しい物がありませんか?』

『甘味』

『ラジャ』


 どうやら俺がクッキーやロールケーキもお供えしたらどうかなと考えていたことも、精霊様たちに伝わっていたようだ。もしかすると、精霊様たちを思い浮かべて考えていたことだけが伝わるのかな? そうだとうれしいな。


 そうじゃないと、俺がファビエンヌとあんなことや、こんなことをしたいと思っていることも伝わることになっちゃうからね。さすがにそれはプライバシーの侵害である。もしそうなら、粛々と対応することになるだろう。


 精霊様たちが甘味を所望しているようなので、国王陛下にそれをお願いすることにしよう。そうなると、王城のどこかに神棚を設置した方がいいのかもしれないな。


「それでは、王城のどこかに精霊様を祭る神棚を置かせていただけませんか? そしてできればそこに、ときどきでいいので甘味をお供えしていただければと思います」

「そのようなことでいいのか? ときどきとは言わず、毎日、何かしらの甘味を供えることにしよう。甘味だけでいいのか?」


 甘味だけでいいのかい? 精霊様、そこのところ、どうなんだい?


『お酒も飲んでみたい』

『それならつまみも……』

『ラジャ』


 甘味好きに、酒飲みときた。大丈夫かな精霊様たち。みんなの威厳、なくなってない?

 まあいいか。それらがお礼になるのなら、いくらでもお願いしようではないか。


「あの、できればお酒とおつまみもお願いします」

「分かった。最高の酒とつまみを用意しよう」


 なんだろう、この微妙な感じ。よかったんだよね、これで? 俺は間違ってないよね? 不安だ。とても不安だ。

 あまりの不安に隣に座っているファビエンヌの顔色をうかがうと、チベットスナギツネのような顔になっていた。


 あ~これは完全にあきれていますね。でもこれは俺の意見じゃなくて、精霊様たちの意見なんだよね。そこのところはあとで話しておかないといけないな。


 さすがに今、精霊様たちと謎電波で通信していることをみんなに話すのはまずいだろう。

 いつでも俺が精霊様たちとつながっていることが分かれば、国王陛下よりも上の存在として扱われてしまうかもしれない。それはちょっと勘弁である。


「それではこれから神棚を作らせていただきますね」

「素材はこちらが用意するので、遠慮なく必要な物を言ってほしい」

「ありがとうございます」


 よしよし、精霊様たちのおかげで俺に対する報酬が決まったぞ。さすがに何もないと角が立つかもしれないが、これなら問題ないはずだ。

 そう思っていたのだが。


「ファビエンヌ様の報酬はどうしましょうか?」

「え? わ、私ですか! 私はユリウス様のお手伝いをしただけなので、そのような物は……」

「そういうわけにはいきませんわ。間違いなく、ファビエンヌ様も国土復興の立役者ですもの」


 ニッコリとほほ笑むソフィア様。それに対して困ったようにうつむくファビエンヌ。

 ファビエンヌのピンチだ。婚約者である俺がなんとかしなきゃ。でも一体何をもらえばよいのだろうか。今、それを回避したばかりなんだよなー。


「そ、それでは、またこちらへお邪魔してもいいでしょうか?」


 ちょっと小さな声で、恥ずかしそうにそう言ったファビエンヌ。その顔はなぜか赤い。相当緊張しているのだろう。

 こんなことならファビエンヌと相談してから、二人のお願いとして先ほどの神棚の話をすればよかった。そう思っていたのだが。


「分かりましたわ。それでは、いつユリウス様とファビエンヌ様が来てもいいように、専用のお部屋を一つ用意しておきますわね」


 実にイイ笑顔でソフィア様がそう言った。ソフィア様の隣にいるエルヴィン様も、国王陛下と王妃殿下も笑顔である。

 それを見て、赤い顔のまま再びうつむくファビエンヌ。どういうことなの?


 ……まさか、ファビエンヌはすでにハネムーンのことを想定しているのか!? なるほど、それならファビエンヌが赤くなるのもうなずける。

 ファビエンヌの中ではハネムーン先として、レイブン王国が候補にあがっているのだろう。


 先ほど国王陛下が言ったように、レイブン王国を救った者の中には、俺たちも含まれているのだ。その後の様子を見に行きたいという思いは、もちろん俺の中にもある。

 ハネムーン先はレイブン王国も含めて色んな場所に行きたいな。そのときに部屋が確保されているのは非常にありがたい。


 こうして俺たちの報酬は決まった。一緒に手伝ってくれたネロとライオネルにももちろん報酬が出る。こちらは分かりやすく金貨だったが。その金額にネロが挙動不審になっていた。そのことはネロの名誉のために、リーリエには話さないでおいてあげよう。


 その一方でライオネルは淡々とお礼を言っていたな。恐らく想定していたのだろう。さすがはライオネル。

 それともまさか、俺の日々のやらかしの方が衝撃的過ぎるので、お金程度では驚かないようになっているとかないよね? ライオネルにそのことを聞いてみたいような、そうでもないような……。

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