第591話 完全制覇
それから数日後、やけくそになった俺はけがれた大地の浄化を完全に終わらせた。
真っ黒な木々が生い茂り、この世の地獄のようになっていたあの山も、今では緑あふれる楽園になりつつある。
そこにはだれが植えたのか、ミカンの木だけでなく、様々な種類の果樹が点在していた。
……犯人は森の精霊様だな? いや、森の精霊様だけじゃない。最近、代わる代わる俺のところに果実を持ってくる精霊様たちの仕業だろう。ドライフルーツにしてもらうために。
断固拒否したいところだったが、精霊様たちからの多大な協力によって短期間で浄化と緑の再生を終わらせているだけに、俺も強くは言えなかった。俺は犬だ。権力に負けた犬だ。ワオーン!
「大丈夫ですか、ユリウス様?」
「大丈夫じゃない。助けてファビえもん」
「ファ、ファビえもん?」
ここぞとばかりにファビエンヌに甘える。今俺を癒やしてくれるのはファビエンヌしかいない。さすがはファビエンヌ。俺の嫁。すごいぞ、柔らかいぞ、暖かいぞ、気持ちいいぞ。
「ユリウス様」
「おわっち! どうしたのかな、ライオネル?」
ヌッとライオネルが影から現れるように出現した。もしかして、影から影へ移動するスキルでも身につけた? それって騎士というより、暗殺者だよね? 大丈夫?
もちろんそんなことはなく、ただ静かに俺のところへ来ただけなのだが。
「ソフィア様がお呼びのようです。恐らく、国土の復興の件かと思われます」
「ライオネル、お礼はいいですって言って、勝手に帰ったらダメかな?」
「ダメですな。あきらめて下さい。私はあきらめました」
そう言って大きなため息をつくライオネル。あきらめんなよ。どうしてそこであきらめるんだ。できるできる、ライオネルならできる。世界はお前のためにある!
……やっぱりダメ? もう、しょうがないなぁ。俺は重い腰をあげた。
使用人に案内されて向かったのは、王城の中で一番の格式を持つ、最高級サロンだった。ここって王族に近しい人しか普段は使わない場所だよね? そんなとこに俺が入っていいのかな。でも案内されちゃったからには行くしかない。あらかじめ胃薬を飲んでおけばよかった。
「ファビエンヌ、大丈夫?」
「大丈夫ですわ。ここへ来る前に、ユリウス様からいただいた胃薬を飲みましたから」
どうやらファビエンヌはすでに服用ずみのようである。俺も一緒に誘ってほしかった。
そんな今さらどうしようもないことを考えながら扉の前に立つと、使用人がノックしてから扉を開けた。
目に入ってくるのは落ち着いた調度品の数々だ。派手じゃないのは、高級調度品を手放して、国土復興のためのお金に変えたからなのだろう。それでもこれだけの質の調度品がそろっているのは、その話を聞きつけた貴族たちがこぞって調度品を進呈したからに違いない。
王族の人気を高め、さらには貴族たちとの信頼関係も高める。国王になるためには転んでもタダでは起きないという、強い心が必要不可欠なのだろう。
国王陛下はすごいなー。俺にはとてもできない。
「ユリウス様」
「ごめん、ちょっと現実逃避してた」
ファビエンヌにささやかれて現実世界に戻ってきた。
扉の向こうにいたのはソフィア様とエルヴィン様だけではなかった。国王陛下と王妃殿下の姿もあったのだ。
どうして俺は胃薬を飲んでこなかったんだ。今からちょっと待ってもらって飲みにいくのはまずいよね?
使用人に案内されて席に座る。丸いテーブルに六人が並んでいる状態だ。すぐに温かい飲み物が運ばれてくる。テーブルの上にはクッキーやロールケーキなどの甘味が並んでいた。どれもなんだかキラキラと輝いているように見える。
これを精霊様たちに食べさせてあげるのもいいかもしれないな。ドライフルーツ以外にも目がいく、いいきっかけになるかもしれない。
「急に呼び出してしまってすまない。ぜひとも、ユリウス様にお礼を言わねばならないと思ってな。もちろん、ファビエンヌ様にもだよ」
「友好国の使者として、当然のことをしたまでです。お礼など必要ありません」
「そ、そんな、恐れ多いです」
恐縮しすぎて小さくなったファビエンヌ。その一方で俺は、もう慣れてしまったのか、そこまでかしこまることはなかった。慣れって怖い。こんな子供にはなりたくなかった。
環境が、俺の周囲を取り巻く環境が悪いんだよ、ワオーン!
「ユリウス様は本当に欲がないな。未知のけがれの除去、そこからの緑の再生。これだけの偉業をやり遂げたのだ。しかも、一ヶ月足らずでだ。これはもう、女神の所業と言っても過言ではないだろう」
本当にそうでしょうか? 女神様なら、たぶん一日でやり遂げるんじゃないかな? 俺でもなりふりを構わないのであれば、一日でけがれた大地の浄化は終わらせることができたはずだからね。浄化魔法をバンバン使って。
そこから全員でドンドンノビールを作って大量に山に散布すれば、すぐに元の山に戻ることだろう。いや、以前の山よりも元気になっているかもしれない。さすがに一日であの山全体をカバーできるほどのグングンノビールを作ることはできないだろうけどね。
これでも手加減したんですよ! とは言えず、黙って国王陛下の話を聞く他なかった。ラノベの主人公はよくやるよね。そんなことをすれば、とんでもない注目を集めることになるのに。
……現状でもとんでもない注目を集めているかもしれないが。たぶん違う。きっとそう。
「ユリウス様たちにはレイブン王国を救ってもらったお礼をせねばなりませんわ。ですが、一体何がよいのか分からなくて……」
ソフィア様がグルリと俺たちを見回した。そこからは困惑した様子がうかがえる。きっと俺たちが欲しい物をハッキリと言わないのがいけないんだろうな。
何か欲しい物、何か欲しい物……うーん、特に思い当たらないな。必要な物なら、すでになんでも購入できる環境にいるからね。
「それでは、今後ともスペンサー王国と仲良くしていただけるとうれしいです」
「それはもちろんだとも。ユリウス様に頼まれなくともそうするつもりだ。スペンサー王国の支援がなければどうなっていたことか。周囲の国々が大人しくしてはいなかったことだろう」
そこには苦渋の色がにじんでいた。どうやらレイブン王国にスペンサー王国からの使者が来ていることを周辺国にも発表し、争いになるのを防いでいたようだ。つまり、人の盾ということである。
何かあれば、スペンサー王国も黙ってはいないぞ、という脅しである。もちろんスペンサー王国の国王陛下はそのつもりなんだろうけどね。
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