第589話 不思議な感触
隣町を経由して王都へと戻ってきた。そんなに長時間、レイブン王国の王城から離れていたわけじゃないけど、色々とあったのでなんだか懐かしく思えてしまった。
そんなつもりはなかったんだけど、この短期間で結構やらかしてしまったからなぁ。
でもそのほとんどのやらかしを森の精霊様の仕業にすることができたので、端から見れば俺がやったようには見えないはず。
王城の客間に入りホッと一息ついた。今日は移動で疲れたので、魔石砕きチームと庭師たちの様子を見にいくのは明日からにしよう。きっと俺だけじゃなくてファビエンヌやネロたちも疲れているだろうからね。
ネロにお茶を用意してもらってからファビエンヌと一緒にソファーでノンビリとする。ライオネルは俺たちが王都にいない間に起こった出来事を調べに向かったようである。戻ってきたら、ライオネルにもお茶をごちそうしてあげないとね。
蓄音機のスイッチを入れつつ、これからのことを話す。
「けがれた大地の浄化は順調だし、山の緑の再生も始まった。俺のやるべきことは終わったと思うんだけど、どうかな?」
「そうですわね、国王陛下とソフィア様からお願いされたことはすべて達成できたと思いますわ」
ファビエンヌの言う通りだな。もう帰ってもいいけど、当初の滞在予定である一ヶ月には、まだ時間が残っているんだよね。ここで早々に帰ったら、不義理に思われるかな?
「浄化の状況が気になるし、もうしばらくはレイブン王国に滞在することにしよう。ファビエンヌは実家に帰りたくなったりしてない?」
「大丈夫ですわ。ここにはユリウス様もネロもライオネルもおりますもの」
「ネロはリーリエに会えなくて寂しいんじゃないの?」
「それはそうですが……ユリウス様にお仕えできるのが私の喜びですから、なんの問題もありません」
キリッとした顔でそう言ったネロ。相変わらずの忠誠心の高さにこっちはタジタジである。ハイネ辺境伯家に戻ったら、ネロにたっぷりと自由時間をあげないとね。
いや、それだとネロが遠慮するか。それならなるべくリーリエが近くにいるような状態にするのがよさそうだ。ロザリアと一緒に魔道具作りだな。
そうと決まれば、ロザリアとミラにプレゼントするための蓄音機を仕上げるとしよう。
俺は中途半端になっていた蓄音機の外装部分の仕上げ作業を行った。気合いを入れて、聖竜、星、花のレリーフを入れる。聖竜の姿は今のミラをモチーフにしている。小さいころのミラを残しておきたいからね。
「さすがですわね、ユリウス様」
俺の作業をジッと見守っていたファビエンヌが、ため息をつきながらそう言った。どうやら相当、気に入ったようである。気合いを入れて作ったからね。それだけの価値はあったようである。
「気に入ったのなら、ファビエンヌの蓄音機にも同じレリーフを入れてあげるよ」
「お願いしますわ」
はじけるような笑顔をしたファビエンヌの顔に満足しながら、その日は蓄音機に色んなレリーフを入れて過ごした。久しぶりにゆっくりと過ごすことができたと思う。
部屋に戻ってきたライオネルの話も聞いた。もちろん話を聞く前にはしっかりとお茶を飲ませてある。話を聞いた限りでは特に話題になるような出来事は起こっていないそうである。
ただ、先に王城へ到着した研究者たちが国王陛下に報告を行ったときに、ちょっとした騒ぎになったそうだ。詳しい内容までは分からなかったようだが、恐らく順調に浄化作業が進んでいるので大喜びしたのだろう。逆の立場だったら、俺も絶対に喜んでいると思うからね。
翌日は、まずは魔石砕きの現場を見に行くことにした。延び延びになっていたが、確かオリハルコンの砥石が見つかったんだったよね。ぜひとも見学しなきゃ。
ちょっとウキウキしながら室内訓練場へ向かうと、俺たちが帰ってきたことを知っていたのか、みんなが大歓迎してくれた。
人数はずいぶんと少なくなっているようだ。それもこれも、自動魔石粉砕機とオリハルコンの砥石のおかげのようである。作業効率がよくなったことで、魔石の粉を十分に確保できるようになったのだ。実によいことである。魔石砕きは結構な重労働だったからね。
「これがオリハルコンの砥石か。まるで黄金の塊みたいな見た目だね」
「キレイですわね。これを使えば魔石が簡単に粉になるだなんて、ちょっと信じられませんわ」
俺もそう思う。見た目はツルツルなんだよね。これで魔石をすりおろすことができるとは思えないな。これで剣の刃を研磨できるだなんて、不思議。
俺たちがジッと見つめていることに気がついたのだろう。騎士の一人が小さな魔石を手渡してくれた。
「ユリウス様とファビエンヌ様もやってみませんか? きっと驚くと思いますよ」
その騎士は実にいい笑顔をしていた。きっと初めて魔石をすりおろしたときにビックリしたんだろうな。これはますます楽しみになってきたぞ。
言われるがままにオリハルコンの砥石に魔石を押しつけた。
「おおお、こんなに簡単に魔石が粉になるだなんて」
「そんなにすごいのですか?」
期待に目を輝かせて、同じようにファビエンヌが魔石を押しつける。ファビエンヌの力でも簡単に魔石が粉になった。力など必要ないのだ。スッスッとオリハルコンの砥石の表面をなでるだけで粉になる。これはすごい。
「すごい。これがオリハルコンの砥石の力なのですね。ユリウス様が欲しいと言っていた意味がよく分かりましたわ」
そう言いながら、ファビエンヌが魔石を粉にしていく。氷の上を滑るような、あの滑り心地が気に入ったようである。不思議な感触だったもんね。
確かにこれなら簡単に魔石を粉にすることができるな。交代でやれば、一日でかなりの量の粉を生産することができるだろう。
「これなら、魔石の粉が不足することはなさそうですね。これだけ人数が少なくなっているのも納得です」
「これもすべてユリウス様のおかげです。魔石砕き作業は大人気でしてね。夜に行われる、”翌日の魔石砕きをする人を決めるジャンケン大会”がいつも大盛り上がりなのですよ」
「ソ、ソウデスカ」
俺はレイブン王国の騎士団長に謝った方がいいのかもしれない。まさかブラック労働であるはずの魔石砕き作業が、大人気になっているとは思わなかった。
もしかして、提供される初級体力回復薬が原因だったりするのかな? うーん、分からん。
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