第588話 脅してないぞ

 首をかしげるソフィア様。それに対してエルヴィン様は目と口を大きく開けていた。今にも”そんなバカな”と言いたそうである。俺も言いたい。そんなバカな。


「えっと、この木はたった今、森の精霊様が生長させた木でして……」

「まあ、森の精霊様が? さすがは森の精霊様ですわ。これなら村の人たちも果物を食べられるようになりますわね」

「いや、これはユリウスが最初に……」

「そうですよね、ソフィア様。さすがは森の精霊様ですよね!」


 笑顔で森の精霊様を見る。何かを察した森の精霊様がグッと言葉を飲み込んだ。さすがは森の精霊様。空気の読める男。そこがしびれる、憧れるッ!


「ま、まあ、私にかかればこの程度のこと、造作もないぞ。ハッハッハ」


 乾いた笑いが響いたが、そのことに気がついたのは俺たちだけだろう。あ、ファビエンヌがあきれたかのような顔をしている。もしかして、俺が森の精霊様を脅したとか思われてる? そんなことはないぞ。森の精霊様が自発的にやってくれただけなんだからねっ。


「せっかくですので、一ついただいてもいいでしょうか?」

「もちろんですよ。私たちもいくつか採取して、ドライフルーツにしましょう」

「そうだな、そうしよう。さすがはユリウスだ。よく分かっている」


 どうやら森の精霊様が言葉を飲み込んだのは、俺の機嫌を損ねるとドライフルーツが食べられなくなると思ったからのようである。

 正解だ。いつもは温厚な俺でも、ライフポイントがゼロになれば、激おこプンプン丸に変身しちゃうぞ。


 果物を採取して村長宅へ戻る。そのままの流れで、村長宅の近くの空き地にミカンの木が生えたことを村長に話すと、矢のように外へと飛び出していった。

 一言、相談してからやるべきだったかな。でも未開の地では、その土地を開墾した人の物になるのが一般的だったよね? あの一角は俺が魔法で耕したわけだし、俺の物と言っても過言ではないはず。


「やっちゃったかな?」

「判断に悩むところですわね。私もまさか、あんな短時間で木が生長するとは思っておりませんでしたから。木が生長している間に説明すれば問題ないと思っておりました」

「俺もだよ。元々が使われていない空き地だったから、事後報告でも問題ないと思っていたんだけどね」


 ままならないものである。予定では、次にこの地を訪れたときに実がついていればと思っていたのだ。それがまさかこんなことになるなんて。

 何かに取りつかれたような状態になった村長が帰ってきた。どうやら刺激が強すぎたようである。すまん。俺が悪かった。


 フラフラとした足取りで俺たちがいる席へとやって来た村長。これはアレだ。早めに俺から声をかけておくべきだろう。言い訳をするなら自分から、かつ、早めにやった方がいいはずだ。


「村で果物が採れれば、村の人たちの生活も潤うだろうと思いまして植えてみました。採れた果物は村のみなさんで食べて下さい」

「ありがとうございます。まさかここまでしていただけるとは思ってもみませんでした。この話を聞けば村のみんなも喜ぶことでしょう」


 とても疲れたような笑顔をこちらへ向ける村長。胃に穴があいちゃったかな? 一応、俺ではなく、森の精霊様の力によるものであることを強調しておいた。無言でうなずいていたけど、本当に分かっているよね? これ以上、妙なウワサが流れないことを願うばかりである。


 村長の胃をいたわるべく、先ほどから作っていたドライフルーツを少しだけ分けてあげた。一口食べてからしばらく動かなくなったけど、その後無事に再起動したので大丈夫だろう。大丈夫だよね?


 夕食の時間には、先ほど育てたミカンの木から採取した果物がデザートとして提供された。みんなとても喜んでくれたようである。ものすごく甘くて、おいしいミカンだったからね。まさか村長宅の近くに実っているとは思うまい。




 翌日は予定通り、昼からの出発になった。それほど疲れていなかった俺たちは、休んでいるみんなの代わりに出発の準備を整えていた。持って来た荷物のほとんどはここに置いていくことになる。必要なのは道中の食料や水くらいである。


「こんなものかな?」

「ひとまずは隣町まで行くのに必要な物だけですからね。町に到着したら、改めて補充することになると思います」


 一緒に作業をしているネロがそう言った。ファビエンヌはソフィア様と一緒に畑の様子を見に行ったようである。もちろんライオネルをつけてあるので安心だ。こちらはネロだけで十分である。


 ネロは俺の従者としてだけでなく、護衛としても鍛えてあるのだ。しっかりと俺のことを守ってくれるだろう。それに俺も戦えるからね。本気を出せばライオネルよりも強いと思う。魔法も使っていいのなら、間違いなく勝てる。そんなことをみんなに話すつもりはないけどね。


 昼食を食べ、村を出発する時間になった。村長を含めた村人全員が見送りにきてくれた。涙ぐむ村人たち。

 浄化の粉の準備ができればまた戻ってくることになるので、一時的な別れではあるのだが、なんだか今生の別れのようになっている。


「森の精霊様、あとはよろしくお願いします」

「任せておくといい」


 ガッチリと握手をする。森の精霊様はこの地に残って、山の浄化を続けてくれることになっている。けがれがひどかった場所は浄化が終わっているので、これからはジワジワと山全体の浄化を行うようだ。


 今回の浄化作業によって、かなり状況が改善したと思う。あとは地道に同じ作業を繰り返していくだけだ。必要なのは根気。それと希望だな。そこはソフィア様が中心となって頑張ってくれることだろう。

 俺の役目はほぼ終わったと言ってもよいだろう。終わったよね?

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