第587話 奇妙な踊り

 騎士たちに頼んで、果物を少し分けてもらった。残念ながら、この村には果物がないみたいだからね。

 分けてもらった果物の皮をむき、身と種を取り出す。その様子を森の精霊様が興味深そうに見ていた。


 身だけになった果実に『乾燥』スキルを使用する。みるみるうちにムダな水分がなくなり、甘さがギュッと詰まったドライフルーツが完成した。


「おおお、ドライフルーツができあがったぞ」


 喜ぶ森の精霊様。ファビエンヌとネロとライオネルの三人はちょっとあきれた顔をしているな。『乾燥』スキルをそんなことに使うだなんて、と思っているのかもしれない。

 使える物はなんでも使う。それが俺の信条である。


「差し上げますよ、森の精霊様。屋敷に戻ったら、ちゃんと追加でお供えしますから安心して下さい」

「ありがとう、ユリウス。それでは遠慮なく……おお、これは!」


 森の精霊様の目がカッと開いた。何その反応。特に驚くことなどない、普通のドライフルーツだと思うんだけど、出来立てホヤホヤだからいつもよりおいしいのかな?

 おおお……こちらを向いた森の精霊様が目を輝かせておられる。まるで推しているアイドルに出会ったかのようである。なんか、すごく複雑な気分。


「あの、そんなにおいしかったですか?」

「ああ、もちろんだとも。ユリウスの豊潤な魔力が込められた、至高の一品だ」

「何それ初めて聞いたんですけど!」


 スキルを使って乾燥させると、素材に魔力を込めることができるのか。これは魔法薬の素材を乾燥させるときには気をつけた方がよさそうだ。自然乾燥や、魔道具を使った乾燥がいいのか、それとも、スキルを使った乾燥がいいのか。


 すべてを調べるのは大変そうだが、なんだかワクワクしてきたぞ。新しい発見があるかもしれない。

 森の精霊様がおいしく感じているのは魔力も一緒に食べているからだったのか。


 そういえば精霊様は魔力がなくなると消滅するんだったな。そのため、精霊様たちのエネルギー源のようなものである魔力を、おいしいと感じているというわけだ。


 あっという間にドライフルーツを平らげた森の精霊様がまだ欲しそうな顔をしている。だがしかし、もう手持ちに果物がないんだ。さすがにこれ以上、この村へ運んで来た果物を分けてもらうのは気が引ける。この村で果物は貴重な品なのだ。

 ならどうするか。果物の種は手元にある。それならいつ育てるか。今でしょ。


「ちょっと出かけてくるよ」

「私もご一緒しますわ」


 俺と一緒にファビエンヌも席を立った。当然のように、ネロとライオネルもついてきてくれるようだ。そして、森の精霊様も一緒に来るみたいである。

 ウホ、いい展開。ことをうまく運べば森の精霊様の仕業にすることができるかもしれない。やったぜ。


 村長宅の近くの空き地へやって来た。この辺りは日当たりがよいので、果樹園を作るのにはちょうどよさそうである。もっとも、そんなに大きな果樹園にするつもりはないけどね。


 適当な場所を土魔法でいい感じの土壌に変化させて種を植える。そこにドンドンノビールを持ってきて多めにまいておく。

 肥料の与え過ぎで根腐れを起こしちゃうかな? まあ、普通の肥料じゃないから大丈夫だろう。肥料は魔法薬と言っても差し支えないのだ。仕上げに水魔法でタップリと水をあげる。


「これでよし」

「この村で果物のなる木を育てるのですね。よい考えだと思いますわ。果実が実れば、きっと村の人たちも喜ぶと思いますよ」

「なるほど、その手があったか。果物がないなら育てればいい。さすがはユリウスだ。ならば、私も一肌脱ごうではないか」

「え?」


 その格好からさらに脱いだら、どう見てもまずいと思うんですけど。もしかして、ファビエンヌの両目を隠した方がいいのかな? どうしよう。

 動揺する俺の前で、森の精霊様が何やら奇妙な踊りを始めた。

 なんだあの踊りは。初めて見るな。伸びたり、縮んだり。まるで”伸びろ、伸びろ”とでも催促しているかのようである。


 ……なんだかすごく悪い予感がしてきたぞ。森の精霊様の動きを止めた方がいいのではないだろうか。そう思ったそのとき、ポコポコと音がしそうな勢いで芽が出た。やっぱり!


「ユリウス様、もう芽が出てきましたよ!」

「そ、そうだね、ネロ。もう少し離れた方がいいと思うよ?」


 俺を見て首をかしげたネロだったが、大人しく俺の指示に従ってくれた。

 その直後、メキメキという音を立てながら木が生長していく。どうやらドンドンノビールと森の精霊様の力が相乗効果を起こしているようだ。


 あれれ~、おかしいぞ~? 森の精霊様の力は畑には及ばないって言ってなかったっけ。あ、もしかして、野菜は無理だけど、木ならオッケーってことなのか! そんなアホな。

 だがしかし、生長してしまったものはしょうがない。俺たちはその光景を見守るしかなかった。


 あっという間に目の前に五本のミカンの木が立ち並んだ。どれも立派な木に育ち、すでにみずみずしい実をつけている。オーマイゴッド。まさかこんなことになるだなんて。予想外です。


「ユリウス様、こちらで何を? あれ、こんな木、ありましたっけ?」


 畑のチェックを終えたソフィア様とエルヴィン様が戻ってきたようだ。そして村長宅の近くで何やらやっている俺たちに気がついたようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る