第580話 浄化の炎

 黒い巨木が動き出す。まるで地面から足が出てくるかのように、その太い根っこを引きずり上げた。真っ黒な根っこ。どうやらこの辺りは地中深くまで汚染されているらしい。そこまで浄化するには浄化の粉がかなり必要になりそうだ。

 それを見た研究者と魔法薬師たちがうろたえ始めた。


「な、なんだあれは……」

「けがれの集合体……そんなまさか」

「これはいかん。同志ユリウスよ、私があやつを押しとどめている間に、浄化するのだ!」


 え、俺? 浄化の粉をみんなでぶっかければいいんじゃないかな。どうして俺を指名するのだろうか。まあ、いいか。それならそれで、俺が指揮して浄化の粉をふりかければいいだけなのだ。

 花咲かじいさんが枯れ木に花を咲かせるようにね。


 地面から緑鮮やかな太いツルが飛び出てきた。それを使って、森の精霊様が黒い巨木の動きを封じ込める。だがそのツルも、ジワジワと黒い色へと変色していた。どうやらけがれが強すぎるみたいである。


「くっ、ここまでとは! 急いでくれ。あまり長くは持たないぞ」

「了解です。それではみなさん、まとめて浄化の粉をあいつにふりかけて下さい!」


 ちょっと困惑した顔をしていたが、すぐに粉をまいてくれた。それを風魔法に乗せて、黒い巨木まで運ぶ。

 黒い巨木が”ギェピー!”という奇妙な声を上げた。よく見ると、幹の部分にいつの間にか目と口らしきものが出現している。何あれ、気持ちわるっ!

 悲鳴を上げてはいるものの、巨木が浄化される気配はなかった。


「ユリウス様、浄化することができないみたいです!」

「そうみたいだね。汚染の度合いがひどいみたいだ」

「まるでボーンドラゴンの生まれ変わりのようですな」


 それはまずい。エルヴィン様が倒したはずのボーンドラゴンだが、どうやら子孫を残していたようだ。汚染が止まるどころか、さらに広がっていたのはそのせいだったようである。


 山のように浄化の粉をかければ退散できると思うけど、残念ながら手持ちの量では足りそうにない。それにみんなが力を合わせて作ってくれた、大事な浄化の粉なのだ。無駄づかいはできない。別の浄化方法を考えないと。


 こんなときにエルヴィン様がいてくれたらよかったのに。今から呼びに行くのは遅いかな? 遅そうだな。

 あの幹の目を見ろ。森の精霊様の拘束が外れたら、絶対に襲いかかって来るぞ。


「ユリウス様」


 ファビエンヌが今にも泣き出しそうな目をして、俺の腕にしがみついている。これは――やるしかないな。

 光属性の浄化魔法を使うのはまずい。一目で俺が浄化魔法を使ったことがバレる。そしてこの一帯を何事もなかったかのように聖域へ変化させるのもまずい。


 そうなると、浄化の炎で焼きつくす? これなら見た目は火で焼かれたみたいになるので大丈夫なはずだ。


「大丈夫だよ、ファビエンヌ。ファビエンヌは俺が絶対に守るからさ。フェニックス・ウェーブ!」


 黒い巨木へと突き出した手のひらから、大きな火の鳥が出現する。今回の火の鳥は、その背後に炎の波を伴いながら突き進む。炎の波は一気に巨木へと押し寄せた。

 分かってはいたけど、ド派手な魔法だな。さすがは上位魔法。


「ミ? ミギャアァァア!」


 悲鳴を上げてのたうち回る黒い巨木。だが不思議なことに、森の精霊様が呼び出したツルは燃える様子はなかった。それどころか、なんか太くなってない? まるでパワーをもらっているかのようだ。


「おおお! ユリウス、一気にいくぞ」

「いいですとも!」


 俺に遠慮はいらないぞ。俺に代わって、あの黒い巨木野郎をひねり潰してやってくれ。頼んだぞ、森の精霊様!

 メキメキという音を立てながら、巨木が締め上げられていく。その目は”バカな”みなたいな目になっているが、現実なんだよね。あきらめて成仏してくれ。南無三。


 バキバキ! という大きな音を立てて、ついに巨木がひねり潰された。バラバラになった木片から、浄化の炎によって焼きつくされていく。その光景を、俺と森の精霊様をのぞくみんながぼう然と見つめていた。


 さて、当面の問題であった黒い巨木は退治できた。次の問題はこれからどうするかである。

 森の精霊様はその存在自体が特異な存在なので問題ないが、俺には問題がある。とっても。


 こんなときはあれだ。魔力を使いつくして倒れた振りだ。こんな目立つ魔法を使ってピンピンしていたら、俺まで特異な存在になってしまう。

 よろけた振りをしてファビエンヌにしがみつく。許せ、ファビエンヌ。あとでちゃんと謝るからさ。


「ユリウス様! ライオネル、ユリウス様が!」


 ファビエンヌにちょっとだけ寄りかかった俺をライオネルがすぐに抱きかかえた。さすがはライオネル。素早いぞ。ファビエンヌのぬくもりを堪能している暇がなかった。


「これは……恐らく魔力切れですな。あれだけの魔法を使ったのです。当然と言えば当然でしょう」

「ユリウス様……」

「それはいかんな。それでは私の精霊汁を……」

「け、結構です。少し休めば元に戻りますから」


 なんだよ、精霊汁って! すごく嫌な予感しかしないぞ。ファビエンヌもライオネルもそんな顔をしてないで止めろよ。魔力切れの振りをしている俺が言うのもなんだけどさ。

 このままではまずいと身の危険を感じていると、ネロが何かを差し出した。


「ユリウス様、初級魔力回復薬です。ひとまずこれを飲んで下さい」


 さすがはネロ。俺には分かっていたよ。ネロならこのピンチを救ってくれるってね。ちょっともったいないが、背に腹はかえられない。ネロから魔法薬を受け取り、グイッと飲んだ。

 うん、飲みやすくておいしい。さすが俺が作った魔法薬である。


「ずいぶんと楽になったよ。さすがはネロだ」

「こんなこともあろうかと、準備しておきました」

「ああ、よかったですわ」


 安心したファビエンヌがその場にヘニョヘニョと座り込んでしまった。

 申し訳ないことをしちゃったなー。あとでちゃんと怒られよう。


「申し訳ありませんが、私たちは先に村に戻らせていただきますね」


 俺の声に、先ほどまで石化していたみんながハッと我に返った。先ほどの光景が信じられなかったのか、目をこすっている人もいる。そのまま何かの幻を見たと思ってくれたらうれしいんだけどな。


「ユリウス様、我々も一緒に戻りましょう。そろそろ昼食の時間になりますからな。それにしても、すごい魔法でしたね。初めて見ました」

「ああ、私もだよ。まさかあの様な魔法が存在しているとは驚きだ」


 研究者と魔法薬師たちが口々にそう言っている。言われてみれば確かにお昼の時間だな。ちょうどよかったということにしておこう。そしてどうやら幻を見たとは思ってくれなかったようだ。残念。

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