第579話 この木なんの木
ソフィア様とエルヴィン様の二人と別れた俺たちは、これから山へ行こうとしている集団のところへと向かった。
こちらは準備万端のようである。みんなの顔には力がみなぎっていた。
自分たちがけがれた大地を浄化するんだという思いでいっぱいなんだろうな。その気持ちはよく分かる。心なしか、俺も力が入っているからね。
浄化が終わった場所にドンドンノビールを与えるのが、今回の俺たち課せられた仕事だ。
「私たちも一緒に向かいますよ」
「ユリウス様! それは何よりも心強い。一緒にドンドンノビールも運ぶのでしょう? 我々にお任せ下さい」
「それではお願いします」
ドンドンノビールを載せた荷馬車にも人がついてくれた。肥料作りを手伝ってもらっている騎士たちに、一緒について来てもらえばよかったかな? 次からはそうお願いしてみることにしよう。
王城へ戻ったときにはかなりの量のドンドンノビールが作られているはずだからね。生産能力を少し落としても大丈夫なはずだ。あとは庭師たちだけでもなんとかなるだろう。
研究者、魔法薬師たちと一緒に山へと向かう。護衛も数人いるので問題ないだろう。それに、この山に魔物がいたという話は聞いていない。
汚染地帯に到着した。すぐに魔法薬師たちが浄化の粉の散布を開始する。それに合わせて、俺が風魔法を使って広範囲に浄化の粉を拡散させた。前回とほぼ同じである。
今回は量が多かったこともあり、一度でかなりの範囲を浄化することができた。
「さすがはユリウス先生の魔法ですな。あっという間にこの辺りの浄化が終わりましたぞ」
「それもこれも、みなさんのおかげですよ。次はドンドンノビールを与えたいのですが、手伝ってもらえないでしょうか?」
「いいですとも!」
ジョバンニ様が笑顔でそう言った。それを聞いていた魔法薬師たちも、研究者たちも笑顔である。
きっとドンドンノビールが気になっていたんだろうな。俺がちょっと強引に魔法薬ではなく肥料にしたため、手を出したくても出せないでいたはずだからね。
浄化が終わった場所から順番に、肥料の量を教えつつまいていく。肥料も風に乗せて運べればよかったのだが、さすがにやめた。
風魔法の威力を高めれば肥料を散布することも可能なのだが、それをやるとファビエンヌのスカートがまくれ上がってしまうかもしれない。
汚れてもいいような服を着ているとはいえ、今日のファビエンヌの格好は町娘スカートスタイルなのだ。魔法で婚約者のスカートめくりをするとか、最悪である。自重しよう。
「たったこれだけの量で大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。一応、ちゃんと生長するかの試験をしておきましたからね。この量であれば、二週間ほどで立派な木に育つはずですよ」
「二週間で……」
うめくようにジョバンニ様がそうつぶやいた。あれれ? もしかして、これでもまだ早かった? でもこれ以上遅くなると、この周辺地域の林業に多大な損害を与えることになると思うんだよね。
放棄された町や村を再建するのはとても大変だ。そうなるくらいなら、ちょっと強引にでも町や村を存続させた方がいい。
何、大丈夫さ。何かあれば、すべて森の精霊様の力にすればいいのだから。さすがは森の精霊様。すごいぞ、かっこいいぞ!
「呼んだかな? 我が友、ユリウスよ」
「森の精霊様!」
いつの間にか森の精霊様が参上していた。その姿を見てひれ伏しそうになった人たちを森の精霊様が片手で押しとどめた。やだ、かっこいい。
「そのままで。すでに我らは同志なのだ。そのようなことはしなくていい。それよりも、ありがとう。この通りだ」
「おやめ下さい、森の精霊様!」
今度は研究者たちが頭を下げようとする森の精霊様を押しとどめた。感動的だな。でも、作業が進まないんだけど……。
森の精霊様にこれからの浄化作業と、森の再生計画について話した。それを聞いた森の精霊様はうなずきながらも、一つの提案をした。
「この先にけがれが特にひどい場所があるのだ。どうやらそこからけがれが周囲へと広がっているようでな。私の力で押しとどめてはいるが、それだと他の場所の再生にまで手が回らなくて困っているのだよ。よければそこから先に浄化をしてもらえないだろうか?」
「もちろんです。ユリウス様、問題ありませんよね?」
研究者たちの中で一番偉い人が俺に尋ねてきた。
なんで俺がこの場の責任者みたいになっているのかは分からないが、それで浄化作業が進展するのなら異論はない。もちろん、俺がトップになっていることには遺憾の意を表したいけどね。
「それでは先にけがれがひどい場所から浄化を行いましょう。森の精霊様、案内してもらってもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。こっちだ」
すぐに森の精霊様が案内してくれた。そこは山の山頂付近にある、大きな黒い巨木だった。何これヤバイ。もしかして、元はレイブン王国の御神木だったのかな?
その異様さにみんなの顔も引きつっている。さすがの研究者たちも身の危険を感じたのか、いつものように調べに行こうとはしなかった。
「あれはもしかして……」
「知っているのか? アイデン!」
「以前、この山に守り神と呼ばれている、大きな木があったという話を聞いたことがある。もしかすると、あれがそうなのかもしれない」
「守り神……」
どうやらその守り神はボーンドラゴンのけがれをまともに受けたようである。普通の木なら朽ち果ててしまうところなのだが、この木はそれに耐えきったようだ。そしてけがれを受けた木自体が不浄のものになってしまったようだ。ちょっとかわいそうな気もする。
「お、おい、あの木、今、動かなかったか?」
「ハハハ……お前は何を言って……」
俺たちが注目するその先で、巨木の大きな黒い枝が動いた。
ファビエンヌが声を押し殺しながら俺の腕にしがみついてくる。なんという弾力! 思わず顔がとろけそうになるのをグッとこらえる。真面目な顔をしなきゃ。平常心、平常心。
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